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まほさんブログ

ナマステ、ラリグラス(石楠花)のシーズン到来!

2017-03-26
ブログは後回しになって朝ジョグはなんとか続いていますが、パソコンに向かうのが億劫になっていました。
最近、目もしょぼしょぼ、集中力も低下、国会中継にイライラし、三寒四温に身体かうまくついていかず風邪をひいてしまいました。
なにかいい知らせがないかなあ〜…
…ありました、チャプテから写真付きメッセージ。
イギリス人とアンナプルナサーキットに出ていたようです。ちょうどゴレパニあたりでラリグラスをバックにした写真でした。

サンタの話では、今年の開花は少しゆっくり目のようですね。

私はちょうど一週間前に近くの500mの山に登りましたが、ネパールではありえない筋肉痛とたった一日だけで1kg体重が減っていましたよ。
日本の方がキツイです。

ナマステ、バレンタインデー!

2017-02-14
デパート特設会場はチョコがとろけて行きそうなくらいの熱気ムンムン。

私が小学生だった頃は不二家のハートチョコが主流で、義理チョコっていうのがあり、それはチロルチョコでした。
今じゃ義理チョコなんて見かけないな、ほとんど本気チョコに見えたけど。

可愛いピンクの缶に6粒入ったものを自分用に購入しました。

日本では女性が男性に贈るのが通常ですが、私がマレーシアにいた時に驚いたのは男性が女性にバラをプレゼントしていました。
本数やアレンジには個人差があって、日本のチョコレート戦争と同じです。
ひとつ思い出があり、バレンタインの日に車で出かけるのでコンド(コンドミニウム)の駐車場へ行ってみると、私の車のボンネットに
一本のラッピングされたバラが置かれていました。
ふん?直ぐに解決。ははは…私の隣が某航空会社CAの車でした。
きっと間違えたんだと思い、バラを隣の車のボンネットにそっと置いた私。
間違いだったけれど、ちょっと出来ない体験をしました。フフフ…

おっちょこちょいの私へバラを贈ったおっちょこちょいは誰か見たかったな。

足の神様 服部天神

2016-12-04
ナマステ!

お恥ずかしい話、12月1日の朝ジョグで派手に転倒してパンツの膝とまだ新しいグローブを破ってしまいました。

6時過ぎで少し空も明るくなり始めた頃のこと、一番交通量の多い自動車道脇を走っていたので恥ずかしくて痛みを感傷する暇もなく、さっさと何事もなかったように立ち去りましたが、うちに帰ってから破れたパンツの下から滲んでくる血と意外と傷が深かったことにショック!
ゴーキョトレッキングのためにネパール出発前、足の神様で有名な服部天神でお守りを頂き無事に登頂できて帰国したら、お守りをぶら下げる紐が切れてしまい、これは願い事が叶ったということでしょうか、そのまま持っていたらこんなアクシデントがあったので直ぐに神社へ納めに行き、新しいお守りを頂いてきました。

おかげで今朝は傷の痛みもなく無事にノルマ達成しましたよ〜。

写真はゴーキョ方面、エベレストBC方面、クムジュンへの道標。

マスタードハニー

2016-11-23
ずーと以前、まだチトワン国立公園が今ほど観光地化されていない頃、村の中を友人と散歩していると簡単なトタン板でできた蜂蜜屋さんを見つけました。蜂蜜のお店はタメル地区にもない頃で、私は個人的にバルディア(ネパール西端)出身のガイドさんからジャングルハニーを
分けてもらっていました。すぐに目につき立ち寄ったのがきっかけで、チトワンへ行くとその店で大量に買い物をしているのですが、
最近はけっこうネパールの蜂蜜も有名になり、おじさんの店が大きくなって種類も豊富で、昔はプラスチックの容器の蓋がいい加減で、カバンの中に入れて持ち帰る間に漏れてベトベトになったりしましたが、その辺も改良したのか随分と上等になっています。

その幾つもの種類の中から、「ハニーマスタードフラワー」という蜂蜜があるのですが、マスタードといえば辛子、辛い、を想像しましたが、辛さはなく、なんとも珍しい不思議な味がします。

マスタードフラワーのエッセンスは5月病にいいそうです。落ち込んだ気分をパーッと明るくしてくれるそうです。
蜂蜜はどうなんでしょうか…

お土産に幾つか買いました。

ゴーキョピーク2016/11/2から11/12を振り返って。

2016-11-20
ナマステ!16日夕方、無事帰国できました。

今回は韓国仁川経由の待ち時間がながかったので、韓国通のメンバーの方のガイドでソウルまでミニツアーでおまけの楽しみをしてきました。どの人も買い物目当てのようで、そういう私も韓国コスメをあさっていました。アワビ粥とイカのキムチ、岩海苔が美味しかったので、次回機会があればネパールには仁川経由で行きたい〜。

ネパールの不憫な生活(停電、水シャワー諸々)には慣れていたはずですが、今回のトレッキングで自分の弱さを知らされました。

ルクラからパクディンへ高度が下がっているにもかかわらず、一晩頭痛と吐き気に襲われ
ナムチェからダイアモクス1錠 を半分ずつにして朝晩服用。トイレが近くなるが、高山病予防には仕方がない。

コックのパサンさんが殆ど朝晩にお粥や日本人にあった味付けで食事を作ってくれたので、食欲が落ちることはなく3500m越えの
モンラまで来ることができたのですが、女性一名は高山病と風邪の症状がでたため、やむおえずパサンとポーターひとりをつけて
今回は諦めました。
高度は徐々に上がるのですが、ロッジのファシリティは下がる一方で、水というのは水道の蛇口から出るのが当然ではなく、
山からの雪解け水を利用するので、朝晩顔を洗うためにはお金を払ってお湯を洗面器半分程度を頂いていました。
あとでガイドさんから聞くと、一杯が400ルピー(現在日本円で420円程度)もするらしい、これはトレッキング費用に含まれてたが
自分で手配すると毎回400ルピー、飲み水400ルピーとバカにできないなあ〜と思いました。
アマダブラムとタムセルクのサンセットがとても美しく、不憫さも忘れそうになりましたが、夜のトイレを寒い中部屋から外へ出るのは辛かった。
さて、ドーレまで4200mに高度が上がり、酸素も薄く疲れも出て、顔なんてパパッと洗っても平気、トイレにウォシュレットがなくても慣れてきました。
夕食後、タムセルクビューロッジのダイニングでガイドさん、ポーターさん達とカードゲームをして盛り上がりました。
ここの女性支配人はいい人で、ストーブも私達がいる間はずっと火を絶やさないようにヤクの糞、別名「ヤクのパンケーキ」を入れてくださり、ありがたかったです。

マチェルモ4470mNANGYAL ロッジまでカンテガ、タムセルクがついてきました。
どこを歩いてもヒマラヤの白い山とヤク、ゾッキョの宅配屋さん。

ここまで来ると午後3時になると外の空気が冷え始め、ダイニング中央のストーブにいつヤクのパンケーキを入れてくれるのか待ち遠しい…。
なんだかロッジの人もケチっぽく見えるのは私だけかな?ようやく6時過ぎに暖を取ることができた。
パサンがいないので夕食はシェルパスープでスタミナをつけたが、私のデジカメとiPadはバッテリー切れで、夕食より高い料金でたった25%のチャージに終わったよ〜。
ほんとに何でも高くなります。参考まで、ナムチェなら半額でフルチャージできた。

さて、いよいよゴーキョまで。
道は緩やかな上り、右手に川が流れ、チョラチェとテングリ、後方にはカンテガ、タムセルク、クシュムカンガルはずーっと後ろになりました。
石がゴロゴロしてちょうどジョムソン街道と似ているな。
ヤクのパンケーキは少なくなり、踏む回数も減ってきたのに淋しいのは何故だろう。
そうそう、正面にはチョーオユがドンと構えています。

ゴーキョに午後1時には到着し、ランチの後はロッジのレストランで久しぶりにテレビを見ながら休憩しました。
今まで人が少ないロッジだったのに、ゴーキョに来ると多分カラパタール方面からのトレッカーも合流するようで、ナムチェに比べると静かですが賑やかになっていました。欧米人が断然多かった。

さてさてゴーキョピーク。早朝5時スタートし、真っ暗の中湖畔に沿ってしばらく歩き、突然始まる急な上り。明るくなるのが待ち遠しいのに、嫌味のように時間の流れが遅く、酸素が薄い中足も遅く、早いのは呼吸だけで、見えない頂上まであとどのくらい歩けばいいのかガイドさんに何度も聞いたけど、答えはいつもいい加減。ということは、まだまだっていうことでした。
いつの間にか辺りも明るくなり、私達はメンバーの一人が持参してくれたショウガ湯に一息つけて、足が怠けないうちに上り始めるのですが、休憩を5分以上すると今まで以上に疲れが足に出てきて後悔することを学習しました。
両足に重りをつけられたような感じです。
それでも歩くことを続けていると、またいつの間にか慣れてくるのですが、とにかく私の場合はゴールまでの30分は10歩歩いて10深呼吸の繰り返しでした。
何人に追い越されたか…。
歩くのを辞めると前には進まないなんて当たり前なことを言い聞かせて、頂上まであと少しのところで先頭の女性に手を振られて、急にパワーが湧き始め一気に進むことができました。

てっぺんで観た絶景、そこに立った者だけが神様から頂ける景観美で、コバルトブルーの氷河湖ドゥードゥポカリ、ゴジュンバ氷河、ロッジからは見れないチョーオユ、エベレスト、ローチェ、マカルーのネパールが誇る8000m級の座をパノラマに圧巻の一言でした。
静かな山頂にはタルチョがはためく音が響き、数日間、この日のために歩いてきた自分の背中を押して下さったガイドさん、とても親切で気のつくポーターさん、そして名前もつけてもらえない無数の高峰と、ネパールの自然の偉大さに感謝します。








ゴーキョピークからナマステ〜

2016-11-14
ゆっくりゆっくりですが到達できました。

進まざる者は必ず退き、

退かざる者は必ず進む。という福沢諭吉の格言が10歩進んで深呼吸しながら脳裏に現れ、頑張ることができました。

自分の頑張りもありますが、それ以上にガイドさん、ポーターさんのサポートがなければ絶対にできなかった。
ルクラまで下山して最終日に空港でお別れするとき、私は目が熱くなるのを感じ、ここで力を抜くと涙が溢れて止まらなくなる
のでマスクをして唇をぎゅっと噛み、なんとかこらえました。

文明の利器なく5480Mまで到達し神々の座を眺望できたこと、ポーターさん、ガイドさん、素晴らしい仲間達と一緒に頑張った
12日間は私の宝です。

バンザーイ!

ただいま、ゴーキョトレッキング中

2016-11-07
ナマステ〜。
10月31日、KOREA航空でカトマンズまできました。
なかなか快適なフライトで、機内食もまあまあ美味しかったです。

到着日はラムさんの経営するホテルに2泊して、キッチンガイドのパサン シェルパさんに装備をチェックしてもらい、翌日ルクラへ
例のプロペラ機で世界一小さい飛行場に無事ランディング。
ルクラでは想像していた以上にトレッカーが多く、ロッジも満室状態で、バックパッカーは運が悪いとテントらしいです。

パクディンまで高度が下がるにもかかわらず、今回は頭が痛くて夜中に吐き気もし、この調子ではナムチェで終わりかなぁと思っていたのですがダイアモクスを持っていたメンバーの一人に分けてもらい、早くもナムチェから服用しています。

今はマチェルモという約4500mのところで居ますが、明日からいよいよゴーキョ目指して、ゆっくり進む予定です。

さて、どうなるか…

いびき

2016-09-27
ナマステ〜。

そろそろ9月も終わり10月が近づいてきました。エベレスト ゴーキョ方面へのトレッキング準備をしようと思っていますが、夏の猛暑がなかなか終わらず湿度が高く、更年期真っただ中の私はまだエアコンを使う有り様でエンジンがかかりません。10月2日のリレーマラソン大会が終わればトレッキンググループメンバーと打ち合わせするので、そこから始めようかな。
ただ、最近どうやら「いびき」をかくらしく娘に録音してもらい聴いてみたところ、片道いびきですがガーガー喧しくて、これでは
トレッキングで同室になった相棒に迷惑なので、一人部屋をお願いしようと思っています。
こだまツアーズは一人部屋にをお願いしても料金はあまり変わらないのですが、シーズンなのでトレッカーが多いときは問題だなぁ。
いびきを止めるいい方法ってないのかな。
中高年になると更年期や、いびきだなんて厄介なことがでてくるけど、みんな同じ道なので気にしない気にしない。

今年も 「ダサイン祭り」が始まるよ。

2016-09-21
ネパール最大のお祭り「ダサイン」が始まります。豊穣と人々の生命力を高めることを祈願する祭。
祭の期間を家族皆で過ごすために、海外を含め遠方にいるものも実家に帰省します。初日に、家の中で最も聖なる場所である台所に、砂をいれ大麦をまき、水をやり、お祈りをします。これが6日間続きます。7日目には神の力を受ける儀式、悪魔祓いの儀式が行われます。8日目には家族が揃って祭のご馳走を食します。9日目に女神ドゥルガーなどの神々に動物や鶏の生贄を捧げます。10日目には女神からの祝福のティカを授けてもらい、祭は終了します。
もとはヒンドゥー教の祭ですが、仏教とヒンドゥー教が調和したネパールでは、仏教徒もお祝いします。
写真はバンブースウィング(竹のブランコ)といって、お祭りの時に、村や町のあちらこちらで見かけます。

ネパールといっても、「どこ」って返事が多いですが、「エベレスト」といえばお分かり頂けるようですねー。

エベレスト、ヒマラヤをバックにブランコに乗ってみると昨日までのモヤモヤが吹っ飛びますよ〜。

猛暑日はネパールのローズティーで

2016-08-25
ナマステ

お盆が過ぎると残暑お見舞い申し上げます。ですが、西日本は35度cは当たり前のような猛暑日が続いています。
私の夏バテ対策の一つ、ジャングルハニーを毎朝小さじ一杯、ローズティーを麦茶の代わりにいただきます。
それでも最近の更年期症状からはパーッと脱出できませんが、ローズティーはあと口も爽やかで
なんと言っても香りに癒されますよ。
またまたネパールの自慢になりますが、ネパールといえばエベレストをはじめとした高い山々、ヒマラヤ岩塩、インド国境付近のジャングル、仏陀生誕地ルンビニ、日本で手に入りにくい香辛料、そこにぜひローズティーを加えたいと思います。
ダージリンティー、幻のホワイトティー(シルバーティー)は有名ですが、薔薇の花弁がふんだんに入ったお茶には感激しました。

さて〜、ネパール現地からは、そろそろモンスーンの季節も終わり「ヒマラヤ」の綺麗に観れるシーズンがやってきたと
嬉しい声が入ってきました。
日本人への対応にしっかりして、さらに中高年の生態も私と共に勉強できている「こだまSPガイドチーム」は
今年はとくに60歳代からのゲストのサポートに力をいれています。
私も10月から11月にかけてネパールへ行きます。現地でお会いした時は、ぜひ声をかけてくださいね。
お茶屋さんにご案内します!

西日本は連日猛暑です。

2016-08-11
蒸発しそうな暑さが続いてブログもサボりました。

ラムさんは関東で頑張っているそうですが、東日本の暑さはどうなんでしょう。先日、電話で話したところでは
暑いと言っていましたが、関西は滞在していた時の暑さ以上の酷暑になっているので移動されてよかったような気もします。

群馬の方にも行くそうですが、確かここも暑いですよね。帰国まであと3日、日本の暑さにバテませんように。
私は一ヶ月前から生酵素というものにお世話になり、朝のジョギングも元気にできるようになったし、気持ちもちょっとポジティブ。
日中の暑さは「勘弁してください…」

こんな時は、エベレスト街道の写真で涼しくなってます。

飛行機からのエベレストとヒマラヤ連山

いらっしゃいませ、ラムさん。

2016-08-03
ナマステ〜。ラムさん、7月22日7:00関空到着。北到着ロビーで待っていると、頑丈そうなネパール人がラムさんと一緒に出てきました。サンタの代わり?と思ってしまいましたが、偶然同じフライトだったお兄さん。四国高松へ行くバス停まで付き添って別れました。

到着後は時間をつぶして12時からの会食を予定していましたが、こだまのお客様でいろいろなアドバイスもしてくださるSさまが、わざわざ貴重なノルディックの講習会をキャンセルして、空港まで迎えに来てくださり、そのあとサンタがすごくお世話になっているケイ子さんの自宅へ案内され、そこでラムさんは12時前まで身体を休めることができました。

おもてなし。

S様グループはアンナプルナ方面トレッキングを予定しているので、少し打ち合わせをした後、毎年行事となってきた
めだか食堂で会食。

ちょっと余談です、うちの母は前日に股関節手術を受け入院中で参加できず、その頃はベッドで痛み止めの点滴をしていました。
口のパワースポットが移動していたため、若干トーンが低かったかな?


みなさん、ご親切で気持ちいい来日になったと思います。

ラムさん来日予定

2016-07-20
ナマステ。

サンタちゃんのビザショックから立ち直りましたが、ただのお手伝いで始めたネパールレストランの仕事が忙しくなり、池田の3号店に
テレビ取材がきてからお客様が増えてきたところ、社長、息子はネパールへ帰省し日本語対応できるのが私だけで、こだまのブログも放ったらかして頑張っていました。
先日の話、いちおう私もバイト報酬が欲しいので申告したら「レジにお金がないので…」と驚くような返答をされ、5日後にもう一度お願いしたごころ、突然日本へ舞い戻ってきたオヤジ(失礼、社長)と、いつもは友達のように親切だった妻が、偉そうに「ほんとにこの時間働いた?」なんて言うんですよ〜。
と、いうのは、 息子がいきなりネパールの学校はまだ卒業していなくて、6月末から試験があるので、いつもは土日だけのバイトだった私に平日も助けて欲しいというので手伝っていましたが、テレビ取材の影響でお客様からのお問い合わせもあり、言われた時間以外も残っていたわけで、それを請求するとこんなふうにいわれたんです。
じゃあ、ゲストは放っておいていいの?といえばいいらしい。
結局、4万円足らずのバイト報酬をもらうために数日かけ、片手でポイってお金を渡されて半泣きで帰ってきました。

このときは、比較してはいけないんだけど、やっぱりこだまのスタッフはエリートだなあと思いましたよ。

今年の夏もこだまのスタッフが来日します。
サンタとラムさんを予定していましたが、ブログでもぼやかせて頂いた通りサンタはビザが取れなかったので、ラムさん一人の淋しい来日です。

22日から激闘甲子園もどきの私の熱い夏が始まります!

サンタ3転び

2016-07-05
ナマステ!

5月末にネパールへ行ってきました。

サンタの来日実現させるために、今回も友人関係に昨年同様お力を頂き、申請書類もばっちり揃えて頑張ったのですが、
結果はまたもやアウト。
理由は教えてもらえません。どうしても日本で防災、救急救援訓練を体験させてネパールでも役に立てるように自信をつけてあげたい。悔しいです。
なんでかなあ、考えてもわからない。
今回は、私の母と長年こだまツアーズのお客様である西野さまも同行し、サンタにエールを贈ってくれました。ありがとうございました。
本当に残念で 無気力状態が続いていますが、こんなことをしていても進まないので、そろそろ気合入れていきま〜す。

サンタが一番ガッカリしていると思いますが、最近彼はガイド以外にも「ナマズの養殖」と「アヒルの繁殖」をはじめました。
カトマンズ市内から車で30分ぐらいの村ですが、空気も水も綺麗なところで、ちょっぴり希望の光が見えたような気がします。
でも、来日実現は諦めません。

諦めませんわよ〜

2016-05-13
サンタのビザの申請書類を提出するために、再挑戦で頑張っています。

私がサンタと知り合ったのが3年前だったかな?カトマンズの事務所近くにあるゲストハウスに滞在していた私は、ひとりの日本語ガイドを
ある理由で解雇しました。苦渋の決断でかなり自分でもショックでした。
そこでゲストハウスのフロントにいるサンタを知り、こだまに呼んだのは私なんです。
別の会社で仕事をしていたのですが、色々話をきいてみると、私と一緒に頑張りたいというので、ちょっと不安もありましたが受け入れることにしました。不安というのは、彼にこだまのお客様へのサービスができるかどうかということでしたが、チャプテと一緒にトレッキングに出ることで、直ぐ覚えることができたようです。

私の目的、ガイドを日本で勉強させてあげること。

これにはビザ申請という大きな壁があり、昨年、チャプテとサンタを同時に申請しましたが、サンタは残念なことになりました。
今年は更に大阪のお客様にお願いし、研修先の詳しい内容も付けて書類を作成していますが、社長のラムさんは現地で何をしてるんだろう?と最近イライラしたりしています。ネパールって会社の組織ってものもなく、ガイドの面倒は誰がみているんだろうか…

私が手伝っているのは社長の収入を増やすためでも、会社を大きくするためでもなく、大切なガイドさんが将来に希望が持てるように
一緒に頑張っているわけです。
チャプテも数年前は心が腐りかけ、出稼ぎに行くつもりでしたが、今では登山ガイドまで成長して去年は来日することもできました。
次はサンタです。

人の運命は変えられないが、ただ待つか自ら赴くは決められる。

頑張って行こう、サンタ❗️



熊本地震で

2016-04-18
ナマステ。
この度の震災で被災された方々に心よりお見舞い申しあげます。これ以上、被害が大きくなりませんように…

ネパールの友人やガイドさんから、すぐに連絡がきて安否を確認されました。

まだ一度も日本に来たことがないサンタ、プレームは私の生活場所が関西だということは知っていても
九州がどの辺りか、どれくらい距離があるのかわからないようです。

サンタは自分の大切なゲスト皆さんにメールを送信したそうですが、私からサンタが大好きなご夫婦が熊本で震災されたことを伝えると
震災の大きさをカトマンズで自分達が経験したものと重ね、たどたどしい日本語で励ましの言葉をくれました。

余震が続く中、疲労も大きくなると思います。一日も早く安心して眠れる日がきますように。



ネパールレストラン、電気代払いましょう。

2016-03-23
ナマステ。

私のイレギュラーなブログでも、「楽しみにしていますよ。」とメールを下さり、とても励みになりました。
ありがとうございます。

週2日(4時間)のネパールレストランのバイトがレストランだけでなく、ここのオーナーであるチトワン出身者サプコタさんが
3店舗目をオープンさせるにあたり、市役所や保健所などの手続き、その他いろんな対応の付き添いをしています。
この2年間で2店舗の経営者になっているわけで、この日本語レベルでできるの?って疑問ですが、とにかくパワフルにサプコタさんは毎朝自転車で二駅離れた2店舗目の下ごしらえに走ります。
今日はバイトの日でもないのに12時前に、「すぐに来て欲しいです、電気がありません。」と電話があり、すぐに自転車で駆けつけてみると、真っ暗な店内でいつも強気の娘が私のことを待ち構えていました。
「電話してください。」と紙切れを渡され、いくらお人好しの私でもムカっときましたが、自分の娘と同じ年頃なので
そこは深く息を吸って怒りは飲み込み、電話をしてあげましたが番号が間違っていて何もできずに、店内を私の懐中電灯で照らし
お客様に対応しているところに、店主サプコタさんがやってきました。そうなんです!大急ぎで電気代を払いに行ったようです。電気を止められたんだ〜。それが先にわかっていれば、慌てる必要もなかったのです。以前にも電話代で同じことが起こったのです。その時も、私が電話して、すぐに繋げてもらったのですが全く学習していないようですね。

ネパールから彼は家族を呼び寄せて、妻、娘、息子に店を任せようと3店舗目を展開し始めましたが、こんな地盤の固まっていない
メンバーでもやっていけるのか?
男性陣はよく働き、朝早くから夜遅くまで頑張っているようですが、女性が金銭を稼ぐ働きには甘いようで、ずっと立っていると疲れるのか、すぐに座る癖があるようです。

ナニハトモアレ、日本は時間、期限に厳しいんですよ〜。






パニック障害の再来

2016-02-29
とうとう15年前に私を襲ったパニック障害がやってきました。

パニック障害というのは、どう表現してももの足りないのですが、とにかく本人は死ぬほど怖い思いをします。
死んだことがないので、死ぬほどというのはおかしいな表現ですが、自分でコントロールできない恐怖感がきます。

金曜日の夜中、トイレの気分で目が覚めて起き上がるつもりが、なんだか身体が重いような緊張が走り、天井を見ていると心臓の動きが変、自分で手首から脈を測ると速い、慌てて始めたのはここからで、過去の経験もあるのでゆっくり深呼吸をしたりして様子をみたけれどいっこうに回復せず益々パニック街道を進むことになりました。
昔の私ならこの辺で救急車のお世話になっていたのですが、4回経験もあって今回は部屋の電気をつけて、迷惑承知で家族になんでもいいので話をしてもらっているうちに治まり、やれやれということで無事に乗り越えました。

専門医の話では原因はわからないし、有る程度自分で治ったと思っていても再発するので、長い友達と思ってくださいと言われていたので
また来たの?と受け止めていますが、しばらく行動範囲が狭くなりそうです。

でも、今年はどうしてもサンタが日本へ来れるようにビザの申請をしたいので、頑張っていかないと!

重いものを背負ってますが進んでいきます。

大阪国際女子

2016-02-11
久しぶりのブログ更新です。こんな小さな会社のホームページのブログですが、楽しみにしてくださる方がいてくださるんですよー。
まず、ネパールの状況から
少しは緩和されているようですが、今も続くインドからの物資ストップで都会生活民(カトマンズ)には辛い生活を送っているということです。インドはガンジーを忘れているのか!
トレッキングには全く問題はないのですが、震災でマイナスのイメージが残っていることでゲストは減っているそうです。
今年は社長がガイドを連れて日本へネパールのプロモーションに来る予定です。


さて、私の親友が大阪国際女子マラソンで浪速の街を駆け抜けました。
私の方は応援隊でスタートの長居競技場から地下鉄で追っかけ、ポイントポイントで声援を送っていました。
ゴールまで残り10kmあたりでは、彼女も呆れたのでしょうか、笑っていました。
後で、「応援ありがとう、なんか笑いがでて…力抜けたのがよかったです。」と言ってくれましたが本当ならうれしいです。

3時間1分ちょいの好成績でも、本人にはまた次なる目標があるようです。頑張る人には常に目標があり、そこに壁はつきものですが乗り越えるんですよね。私も少しはモチベーションを取り戻しました。

スタジアムで親友を探していると、武井壮さんに会いました。芸能人オーラは感じませんでしたが、アスリートオーラがバンバン出ていて、感じのいい人でした。

箱根駅伝の応援に行ってきました。

2016-01-05
以前から復路6区の応援を計画していました。年末では新幹線チケットは限られて、2日の朝は往路をテレビ観戦して出発の予定でしたが、朝10時前の新幹線チケットしかなく、ネットで情報を見ながら新横浜まで行き、その日は中華街で翌日の早朝から追っかけ応援観戦のため
中華でエネルギーを蓄えておくことにしました。

6時20分にチェックアウトをし、コインロッカーに荷物を預けて新幹線で小田原へ移動、そこから7:10の登山鉄道で大平台へ到着したのが8時前、すでに日体大の応援旗が立ち一等地はすでに応援隊がいたけど、私達もそこから近い場所に立つことができ、トップの青山学院のランナーが猛スピードで走ってくるところから観戦できました。
今回初めての駅伝ナマ観戦で、きっかけは娘の同級生のお兄さんが偶然お正月にテレビをつけたら走っていて、箱根駅伝ファンになり決定的なのは、今度は同級生が選手に選ばれていたことでした。今年はどうしても応援に行きたかったのは4年生で最後の晴れ舞台に沿道から聞こえなくても声援したかったのです。小学校1年生しか日本の学校にいなかった娘には大切な同級生です。その頃1クラスしかなく、小さな学校でした。同級生のお兄さんは6年生で、一年間登校班でお世話になっていました。修学旅行のお土産に鹿のかわいい置物を頂き今も大切に飾っています。

6区観戦前に同級生の棄権を知りました。とてもショックでしたが、今回応援観戦で大変お世話になったリオのパラリンピック候補ランナーのT口さん、伴走のT山さんのおかげで、殆ど全ての選手に声援し感動をもらいました。
駅伝でパワーもらって、お二人から積み重ねの大切さや、頑張っている人にしかない優しい心を頂き、素晴らしい新年のスタートになりました。

また、私の応援する選手が増えたようです。T口さん、頑張れ!

やる気のスイッチがOFF

2015-11-19
ブータン…ダージリン…大横断ツアーが今年の最後のツアーになり、気力が急降下し始めました。去年の今頃は?と一年前のスケジュール帳を見ると、毎朝寒いけどジョギングが楽しい。と書かれています。
ここにきて毎朝走ることが少なくなっています。ただ、ちょっとだけ速く走れるようになったことと、休憩なく10kmまで走れるようにまで成長していました。
木曽川のような綺麗な川もない、伊吹山の雪景色もないけれど、ここも緑地公園まで行けば緑もたくさんあるし、走っている人は圧倒的に多く、元気になれる。とわかってるのに、ちょっと病んでるのかなあ〜私。
更年期障害じゃないの?って言われることもあるけど、パニック障害経験者という立派な肩書きがあるので、更年期なんてどうってことはないはずだけど。

強さとは、身体能力ではなく、不屈の精神から生まれるものだ。ってガンジーさんは言ったらしいけど、私にも不屈の精神があったから、ここまで走れるようになったはず。
と自分で勝手に解釈し、毎朝ジョギングは短くてもいいから続けようっと。

箱根駅伝大会へ応援に行きます!
どんな刺激が待ってるかな。楽しみ。

シッキム州ガントクが好きになりました。

2015-11-19
今まで全然気にならなかったガントクでしたが、今回ツアーで観光し、大好きになりました。
理由は❶、お酒に税金がかからないのでとても安い!ワインもグラスで飲むならボトルで注文した方が断然お得でした。
❷、街がとにかく綺麗で静かです。私達のホテルは全室カンチャンジュンガとこんにちは〜、朝はオレンジ色のカンチャンジュンガを眺望できました。
❸シッキム最大のルムテク僧院が素晴らしい。チベット仏教カルマ・カギュー派の総本山であるこの僧院は「ダルマ・チャクラ・センター」と呼ばれていて、ダライ・ラマと共にチベットから亡命してきたカルマパ16世は、この僧院を建て、ルムテクを基点として布教活動をしていたそうです。1981年に亡くなった16世の遺骨と遺灰は、ゴールデン・ストゥーパと呼ばれてる特別な部屋に収められていました。 インド政府はカルマパ17世をダライ・ラマに次ぐ重要人物として、本拠地であるルムテク僧院への訪問を許可していないようです。

現地ガイドさんは、陽気で太ったころの渡辺徹似で、本名ではサン ジーブさんでしたが、デーブさんまたは徹ちゃんんと呼んでいました。

ちょうどガントクもネパールと同じくお祭りで、私達のホテルに子供達が10人ほど民族衣装を着てダンスをしてくれました。
その時引率でいた長身の青年が向井理のそっくりさんで、勿論踊りに拍手喝采でしたが、追っかける目線が向井理へ…。
シャッターチャンスにガイド徹が被さって、がっくり。

しかし、私はちゃっかりさとこ姐さん(こだまのお得意さま)と一緒に向井理モドキとスリーショット!

ブログで詳しく言えませんが、かなりラム酒とワインで弾けた私だったようです。

写真は徹です。ルムテク僧院にて。

幸せの国ブータンでブータンの幸せが解るかな

2015-11-14
お金さえあれば適当に贅沢ができる私が今回のツアーで、ブータン国民が自国への満足と、常に幸福だと言うのか…。
何事も機械化されて、高度経済成長を遂げ、スウィッチで解決できる生活にいる私にブータンの幸せ尺度は持てないですが、チベット仏教が生活の基盤となり、精神面にも仏教的思想が絡んで、欲を持たずに今の生活に満足していることを感じました。ものすご〜く短い滞在ですが…。
ブータン国民って国王のことが大好きで、11月11日に還暦を迎える前国王のお祝いの準備をされていました。国と国のリーダーを愛する姿に刺激を受けました。

2015/11/4 タイ航空でカトマンズ到着

2015-11-06
長旅に備えしっかり岩盤浴で体調を整えて3日夜関空からタイ航空で出発しました。

バンコクに4日早朝着、トランジットに4時間ほど時間を費やしカトマンズ行きに搭乗しました。

カトマンズ到着からビザの申請、荷物の受け取りなどで時間がかかりましたが、なんとか全員無事に到着し、お出迎えのラムさんとスタッフのプラディブさんに再会でき、この日は先発隊のトレッキンググループとウエルカムディナーで乾杯しました。

只今ネパールはインドから輸入しているガソリンが1L600ルピー、日本円で約720円まで高騰し、道路を車線関係なく走る車の姿が激減していました。相変わらず人は多く歩道のような車道のような所ではバスを待つ人達がダンゴになって立っているし、忙しそうに歩く人が溢れて、ここだけはいつものカトマンズでした。

11/5午前8時30分、カトマンズからパロへ

2015-11-06
なんと表現すればいいのか、カトマンズから約1時間半のフライト時間にこの神々の座ヒマラヤ連山上空を横断するのですが、感動しすぎてメンバーの女性がジュースをこぼしてしまいました。

秋の扇か?

2015-11-01
夏から近所のネパールレストランをお手伝いしていました。ランチタイムが忙しいということで、2時間だけ、週二回のお勤めが約束でしたが、2時間が終わっても銀行や役所関係の通知書の説明や、お店のメニューについてのアイディアのことなんかでお手伝いをしていましたが、最近はカトマンズで残っている息子が現れ、お店の仕事は間に合うということなのか、私に「あなたはパン屋さんでも働けます。簡単よ。」なんて言われて心が痛みました。パン屋というのは娘がバイトをしたいというので、私が駅前にあるお店を紹介したばかりのお店です。失礼でしょ!一日だけ働いたそうですが…。それはないんじゃないの、ネパール人。
最近は3号店を探していますが、そのうちお助けくださいと言われそう
お金を数える前に、自分が困った時、お店がピンチの時、助けに来る手の数を数えるべきでしょう。

こんな嫌なことばかりでなくいい話もあります、大阪マラソン大会で親友が女子27位、タイムも3時間3分と絶好調!
折り返し点で見過ごしそうになったところでしたが、「Dっち、頑張れ。」の声援に振り返って笑顔で手を振ってくれました。
ロスタイムに申し訳ない思いでしたが心が温かくなり、目にも熱いものがこみ上げてもうちょっとで人前で泣いてしまうところでした。
私がジョギングを始めたのも彼女がきっかけ。

ただいまこだまのチャプテ、サンタがエベレスト方面、アンナプルナ方面へとお客様をガイドしています。
彼らも、もちろん食べていくために収入を大切に考えますが、お客様が安全にトレッキング、登山を終えて笑顔で握手し、最後の帰国までは一生懸命です。そして再会を心から喜んでいます。
そんな彼らを引き続き助けますよ〜。

ブータンツアーまであと10日

2015-10-23
晩秋には程遠いような日中です。
朝のジョギングもまだまだ半袖一枚で汗だくです。

最近またモチベーションが落ちて、二日走ると一日休足といえばカッコつきますが、ダラけていろいろ理由を探しては休んでしまっています。今朝は走りましたよ、二日連続なので明日が理由探しの日です。休むとなんか心も重たいので、夜にジムで体幹トレーニングをしています。体幹するからか、食欲の秋からか、ただの大食いか、とてもお腹がすいて一日3食におやつが付いてきます。
そんなこんなで、なかなかスマートにならない私ですが、11月にはブータン、ダージリンとジャナクプールツアーを控えているので減量したいのに、また旅行中にラムさんからの食べてください攻撃で増量しそうです。

明日は理由を探す暇があれば、パッと起きて走ってきます!の予定。

ネパールレストランへいらっしゃいませ。

2015-09-26
ナマステ!
さば雲、いわし雲、うろこ雲?どれがどれなのかわかりませんが、とりあえず秋の空になってきました。
これらの雲は全てあるらしく、いずれも高いところにできる巻積雲の俗称で、小さなかたまりがたくさん集まっているのがそうです。

シルバーウィークも終わり、いよいよネパールトレッキング、観光のベストシーズン到来で、私の方はガイドさんのサポートでお客様勧誘をしなければいけないのですが、最近うちの前にあるネパールレストランと縁あって、週に2回ランチタイムだけのお手伝いが増えてきました。従業員のうち日本語がわかるのが社長さん 30%の理解力、奥さん50%、娘さん70%(日常会話)なので、お客様へのサービスは味一本勝負で愛想もなく、「ありがとうございました。」で見送る姿は後ろ向き、味一本勝負で営業しているレストランのようで、ちょっと改善と思い、コックさんに「また、お越しください。」の日本語を教えて、ありがとうございました、に付け加えるよう指導しました。
三波春夫のお客様は神様です。というフレーズがありましたが、縁あって数あるレストランからここへ足を運んで下さったわけですから、お帰りになる時まで、感謝しないといけないと思うのです。これは、こだまツアーズのラム社長の信念でもあり、ガイドにも常に教えています。
ネパールという国が不安定な政情で、その上で生活しなければいけない国民が自らの力で安定した将来を目指しているのだから、頭の中はいかにお金を儲けるかということでいっぱいだと思いますが、
ラムさんは長年日本人と関わっていることもあり、お金だけではなく人との繋がりを一番にしています。
こういう人がネパールに限らず、地球規模で広がれば少しは争いごとがなくなるのでしょうが…。

といいながらも、私は8月分のお給料をやっと頂いたのですが半分の3000円しかなかったので,
社長さんに残り3000円をもらっていますが。少ないでしょ、週2回契約だったので、あとの仕事はまたまたボランティアです。
このお給料が、ジムのパーソナルトレーニングへ消えます。

世界遺産 高野山へ

2015-09-23
シルバーウィークの日曜日に娘と二人で高野山へ行ってきました。

混雑を予想し早朝出発したのですが、考えることは皆さん同じで、南海難波駅から絢爛優雅な特別列車「特急こうや号」は満席で、私達は急行に乗り約110分かかってまずは極楽橋駅まで、そこからケーブルで高野山駅まで上り、バスに乗り継ぎ弘法大師御廟へと繋がる奥之院参道まで、大混雑で見送ったケーブルカーとバスの待ち時間を含め3時間かかって到着しました。こんな時は景色を楽しみながら歩く方がいいかと思いますが、初めてなので今回は電車プランで、次回は歩いてみたいです。

さて奥之院前でバスに降り、弘法大師御廟までの参道を歩くとNHK大河ドラマでお馴染みの戦国武将の墓碑が、数百年を経た老杉の間に並び、その数20万基を超すそうです。私が一番行ってみたかった織田信長の供養塔は、ちょうど豊臣家墓所の上にあり、想像していたより小さくて庶民っぽかったです。そこから御廟橋を渡り大師信仰の中心聖地へと足をいれました。
天空の聖地です。信仰心はあまりありませんが、なんといいますか…自然とひとつになった神秘的な場所で、訪れたご老人の般若心経が澄んだ空気や森林からの木漏れ日に浸透し、日常の喧噪から離れて、心磨かれたようです。
弘法大師は今も御廟内に生き身のまま存在するそうで、今日も人々を救い続けているとかたく信じられているようです。

御廟を出たところで、善人には軽く悪人には重く感じると言われている弥勒石があり、私も長蛇の列に並びました。
当たり前ですが、誰も重たいとこぼす人がいなくて、皆さんの顔をうかがっていても軽い軽い〜、て表情なので
私の前にいる娘に、よっぽど意地悪い人が持ち上げられないってことやね〜。と言っていたのですが、順番が回ってきた娘の表情に苦笑いがあり、まさかの私も重いってもんじゃありませんでした。鉄の塊かと思うほど重く感じたので、これは弘法大師さまからの悟りを得なさいというお言葉と受けとめることにしました。しかし、ショック。

夏の終わりに

2015-09-02
いつの間にか9月になっていました。
今年の夏はいろいろな思い出があって、ほんとうに楽しかったです。

台風が接近しているときに娘とUSJのハリーポッター最新技術による世界最高アトラクションへ20分で入れたこと。
そんなにファンでもなかったキティちゃんの部屋で写真を撮って大はしゃぎしたこと。
娘の案内でUSJを目一杯楽しみました。
それと、ネパールからチャプテ達が来日できたこともあります。
約束が果たせてよかったです。
ネパール人が日本へ来るのは大変ですが、こだまツアーズを一緒に育てて下さるお客様の温かい力で、ここまですることができました。
私には実際チャプテのビザ申請をし、来日させることは壁が大きくて無理かもしれないと思っていましたが、頑張ればできるんですね。
頑張っているといつの間にか温かいたくさんの手が差し伸べられていました。
大切な財産です。


今朝は昨日までの雨も一時休息で、蝉がまた鳴いていました。
ツクツクボーシ、ツクツクボーシ、とスピードを上げて最後に鳴く声がキーヨーカ、キーヨーカ、ジジジジジー。と私には聞こえます。
キヨカは母の名前。
遠い夏の思い出になっていますが、夏休みの朝から「さっさとしなさいよ〜。」の声と、ツクツクボウシの喧しい鳴き声が重なり、
私にはキーヨーカなんです。

そのキヨカさんも75歳、今年でネパールは最後になるって言っています。

蓮の花から後光

2015-08-24
愛知では木曽川沿いを右手に、各務ヶ原アルプス(私が勝手にそう呼んでいます)がどこの場所からも見れる道を選び、春は桜、鶯、夏は蝉の声、川からの涼しい空気、秋には紅葉、冬は伊吹おろしと木曽川冷凍庫の空気、そして毎朝会うご老人ウォーキングと本当にジョギングが楽しかったのですが、大阪でもやっとパワースポットを見つけました。緑地公園です。
引っ越してきた頃に何度か走りに来ていますが、方向音痴で竹やぶの多い薄暗い道から抜け出せなくて、その近所にある霊園墓地の中をクルクル周回していました。
愛知から元気を取り戻し、昨日から新しいシューズでちょっと公園の中を走っていますが、夏だからなのかたくさんの老若男女がラジオ体操をしていたり、ジョギングをしていたり、道に迷っても大阪では絶対に無視できないおばさんがいっぱいなので、「えーいっ、どこで迷うか試してみよう」と迷走してきました。
そこで、こんな綺麗な朝日が見れたんです。

蓮の花って汚い泥沼から真っ直ぐ出て、こんなに綺麗な花を咲かせるんですよね。

世の中が乱れても、蓮の花になろう。と皆が思えばいいのですが。

一度は決心したことを能力のなさで諦めるのは恥ずかしいと思わなかったけど、自分の弱さや努力が足りないことで諦めるのはとても恥ずかしいことだとこの年齢で思い知りました。もっと早ければ世界陸上に出てたりして、ってことはないない。

8月23日午前5:30から2足目

2015-08-23
北京世界陸上大会が開催されています。世界のトップアスリートの至高の戦いに、ただのおばさんである私も熱く刺激だけは受けています。
ちょうどお盆休みに、私的ジョギング発祥地である「愛知岐阜の県境」木曽川の流れが美しい町へ5日間ほど行ってきました。
そのうち2日間しか朝ジョグはできませんでしたが、大阪でちょっぴりモチベーションが落ち始めて、これは私の弱点でもある「燃え尽き症候群」が出てきたのかとモヤモヤした気持ちでいたのですが、木曽川沿いから各務ヶ原アルプス(勝手にそう呼んでいます)からパワー注入してもらい、すっかり回復できました。
川から聴こえるせせらぎ、鳥のさえずり、どこに目をやっても緑、土のにおいと畑で育つ野菜を見ながら走ると不思議なことにメンタルが疲れないんです。単純な私にはメンタルが元気だとフィジカルもついてきます。
3年前に初めて履いたジョギングシューズの靴底がかなりすり減っていたこともこの日に気がつき、大阪に帰る日に購入しました。

スポーツ店の男性がいろいろ質問されるので、「いつかはハーフマラソン大会で走ってみたいけど、頑張って走るんじゃなく、楽しみながらのレベル」と告げて選んでもらった物がすごく足に合ったのか、今朝は超いい気持ちでいつもより速いタイムで走れました。

これで燃え尽き症候群から脱出成功。ネパールのガイドさん達に対して似たような発病がありましたが、汗と一緒に流しましょうか。

ネパールレストランで修行中

2015-08-17
酷暑、大気不安定、勘弁してください、って感じです。

7月から、うちの近所にあるネパールレストランで週2日だけお手伝いしています。
ランチタイムだけですが、2名のコックさんとオーナー、オールネパリーに混じって足手まといにならないように頑張っています。
仕事の後にナンとカレーを頂きながらネパール語を教えてもらっているのですが、気がつくと日本語教室になって、彼らの故郷の話で盛り上がっています。

そうそう、7月分の給料はまだでした。これってネパールスタイルでしょうか…

ここのレストランのナンとカレー、なかなか美味しい。
お土産にチーズナンももらって、翌日オーブンで温めて頂きました。これがまたGOOD!

チャプテ達の帰国日

2015-08-08
7月12日関空へ4時間以上遅れて到着した日から、あっという間に帰国日が来ました。
こだまの日本語ガイドさんには一度は日本に来てもらい、高いレベルの救援救護を消防署で研修見学させてあげたいと思っていたところ、
お客様で元消防署を退職された池田様が、私の企画以上の内容であちらこちらの消防署へ連絡して下さり、高いレベルの研修ができました。
また、その時にご親切に説明をして下さった消防署長さんをはじめとする署員の方、一線で活躍される消防士の皆様には心から感謝しております。

研修後は私の計画がしっかりしていなくて、観光が中心になり、目的の一つでもある日本語で記録をつける(日誌)が疲れてできなく、喝を入れた日もありましたが、日本人の子供に言い聞かせるように言ってもダメだと知りました。生まれた時から生活習慣も違っているのです、だから自分の机があってそこで宿題をする経験もないのに、毎晩一日の日記をノートにつけろと言われても1行からスタートなんです。
パソコンでのチャットでは会話を交わすことができても、記録するとなると日記を書けないといけません。
ネパール語でもよかったのですが、結局どちらの語学にしても文章を作成するところから始めようと、近所の本屋で国語のドリルを買い、「文章とは」という一年生から取り組みました。文章については二日目には習得でき、三日目からは1行の日記が2.3…4行と増え、私も自分の子供を褒めた時以上に褒めまくりました。

私も経験のない観光もお客様が誘ってくださり、白山登山や、神田祭を除く日本三大祭りにも参加しています。
白山登山の前にUSJに行く予定もしていましたが、ある一言に私はキャンセルを決断しました。

お客様からの招待が当たり前のようになり、自分がなぜここにいるのかを見失っていました。
一ヶ月ホームスティで日本に滞在できる場合と、そうでなくホテルを探しながら滞在する場合では、出費は大きく違います。それ以外にも
日本語取得、日本人の生活スタイルもそのまま肌で習得できるのです。

USJに関しては、私を一生恨むかもしれませんがいいです。



成功するために大切なのは、どれだけ高く目標を定めるかで、彼らに続くガイドさんがいる限り、嫌われてもいいので、せっかく日本に来るビザも取れたなら観光だけでは終わらせたくないです。

滞在中、サポートして下さった皆様、本当にありがとうございました。
心から感謝致します!

ネパール人の性格と心理的特徴??

2015-08-01
どうなってるのこの暑さ、朝から32度cもあります。
練習の結果がでます。とあるアスリートの方がこの前大阪城公園の朝練で言ってくださいました。最近膝の不調を言い訳に朝ジョグを怠け気味だったのですが、結果がでないと私には意味がないので、距離を短くして続けることに集中しています。
5:30にはスタートしていますが、約1時間走った後は汗がしばらく止まりません。これだけ水分蒸発すると体力消耗かと思いますが、意外と体調よく、一日がポジティブになれるものですね。私がサボリ魔になると、なかなかガンバルマンに戻れないことを知りました。

さて、まだ滞在中のネパールガイドは、一昨日から白山へこだまのゲストと登っています。
この機会にネパールを登山者に知ってもらおうと、ナイロン製のネパール国旗を持参するようにしつこく言ったはずなのに、
守られていません。言い訳は、雨が降ったらどうしますか?です。
この人、自国愛ってものがないのか、それとも大阪弁で表現すると「えーカッコしい」でしょうか。
震災でお客様の足が向かなくなっているときこそ、頑張らないと困るのは自分達なのに、私が困るわけじゃないんです。といっても
逆に違った話題をだして、観光をしていないと言い出す彼に空いた口がもっと空いて、過呼吸になりました。

一般的にネパール人はフレンドリー、誰にでも親切、包容力がある、どんな困難な状況に置かれても楽観的でたくましい。と言われています。確かにその通りだと思いますが、私は長年お付き合いして気がついたことは、言い訳が多い!人のせいにする!ありがとうという言葉が少ないです。
今回のガイドもそれがよく目につきました。せっかく苦労して日本まで来たのだから、日本人の誠実さ、勤勉さ、ホームスティ先で経験したおもてなし精神を学ぼうよ。
私達もネパールへ行けば、そこで助け合いの精神に心動かされているのだから。
そして、君たちをネパールの観光が落ち込まないように呼んだんですよ。

さて、帰国まであと7日。観光していませんというチャプテから、日本で何が勉強できたか聞く日も迫っています。
あ〜暑い…

某商店街夜店の写真

チャプティから見た日本

2015-07-27
台風と共にやってきたガイドさん、あと10日ほどで帰国ですが、防災と救援救護の訓練が一番の目的だったので来日直ぐに研修をしてもらいましたが、正解だったようです。
ネパールでこの気温と湿度はチトワンジャングルだと言われてしまいました。参ってきたようですね。

だけど、大阪のお客様が大変親切にして下さって 奈良、京都祇園祭、神戸港クルージング、海遊館、世界で一番低い山(現在2番目)天保山、天神祭、梅田スカイビルなど私が行ったこともない観光地も行けるという幸せ者です。

初めての日本でいろんな経験もでき(トイレも含め)、混雑する電車、エスカレーターは片側をあける、切符はスルッと関西 料金分だけ引かれる、取り忘れに注意、外食は高い、ビルに入ればエアコンで超涼しい、ネパールではなかなか会えないような若い綺麗な女性が多い、
すみません!
ユニクロはカトマンズより安い、まだまだあると思いますが、きっと街や人の動きが速くて目が回ったのではないかな。

日曜日にこちらもお客様の招待で、大阪城公園でZKMというちょっぴり高齢のグループに入れてもらいましたが、チャプテは自信があったようですが、蓋を開けてみれば惨敗。すごい方ばかりで私も驚きましたが、チャプテはもっと驚いたことでしょう。
ネパールでその年齢で走っている人は何人いるのか?

いい経験になりました。
あと10日、私も一緒に頑張っていきます!

子供を捨て置くことは
(-教育しないことは)
手入れしない植木の如し

(しかし、よく手入れしても)
松を梅に
変えることはできない。
ならば、立派な松に育てましょうか。

2名のガイドさん、奮闘中。

2015-07-14
ガイド2名の来日から一週間が過ぎました。
私だけではできないこの大仕事ですが、こだまのガイドにいつも温かく応援してくださるお客様の力でここまでくることができました!

台風11号の経験と、貴重な消防署での研修と訓練、こだまのお客様の温かいご支援があり、観光まで同行していただいています。

写真は一日目、鶴見区消防署での写真です。
消防署長さんをはじめ、消防士の皆さんが真剣に対応してくださることに心から感動致しました。

ナイショの話。

ネパールのガイドさん、私のうちでの出来事です。
日本のトイレはなかなか複雑。あっちこっちボタンがあり、温水がピューと出たり。
チャプテくん、なぜか出てきて目が落ち着かないので、どうしたのかと思えば床が水浸し。
「お母さん(うちの母)のところとボタンの位置が違いますね。」どうやら流すためのスイッチとビデを間違えたようです。
気にしない気にしない。


8日間の滞在を終えて

2015-06-19
6月3日から10日まで8日間の滞在でしたが、今回は今までとは違い体力を消耗しました。

車で観光スポットを自分の目で確かめてきました、世界遺産指定の古都は立ち入ることは以前と変わらずできますが、
建造物はそのままのもの、半壊、全壊したものがあり、ネパールに当たり前にあったお寺の崩れた姿にショックは大きかったです。

あと、歩いてみました。よく見ると壁に亀裂が入ったうちも目のつきました。日本だと通行禁止になっているような所も平気で行き交う人々やバイク、以前と変わらないネパール人のパワーに自分の消耗したエネルギーをチャージしてもらっているようでした。
ちょっとしたことに不平不満をいう自分が恥ずかしくさえ思いました。

滞在中にしなくてはいけないことがまだありまして、ガイドさんにどうしても日本で救援救助、防災訓練を受けて欲しいので
日本大使館へ同行し、ビザの申請を手伝ってきました。

結果、二人のガイドのうち一人だけがOKでしたが、ダメだった彼は突然の申請だったのできっと書類が足りなかったのか
理由を探してまた頑張ってみようと思っています。かなり落ち込んでいましたが、まだ若いのでこの先もチャンスはあるはずです。
これからオフシーズンになりますが、事務所で日本語のレベルアップに頑張るように課題はだしています。

スタッフが一丸となれば、風評被害に負けないでこれからのネパールへ貢献できると思います。
温室育ちの私に何ができるのかさっぱりわかりませんが、ちょっと今回は身体をはって頑張ってきましたが…
自宅へ戻り、荷物の整理を終わったところで高熱とジンマシン攻撃にあい、病院へ駆け込み
3日間動けませんでした。7月に入るとガイドが来るのでなんとか気力で復活し、
早朝ジョギングも再開しています!

カトマンズへきました。

2015-06-06
6月3日0時便でバンコク経由、同日12時過ぎにカトマンズ到着しました。

バンコクからのフライトは今までとは違って乗客が50%のような感じでした。
3時間ほどでネパール上空に入り、ヒマラヤ山脈がちょこっと見えた時、行く前までの疲れと不安が不思議に薄れ、一刻も早く自分の目でカトマンズを見たいという気持ちが強くなってきました。
私と同じフライトに日本赤十字からのボランティアがおられ、たまたま同じシートのドクターとお話しすることができました。
明日からカトマンズ北部へ医療チームとして行くということ。情報では、水からの感染症の予防と治療がメインのようです。
田舎はトイレ事情もよくありません、そこに地震によるダメージとこれからくる雨季で汚水が何処へどうなるのか深刻な問題です。
ドクターにカトマンズの感染症について聞きましたが、それは聞いていませんということでした。
私は日本を出発するとき、周囲から感染症が流行るので消毒液や抗生物質を持たされましたが、風評被害が大きくなってていると思いました。
貧国ネパールとレッテルを貼られているのを剥がそうと頑張っても、これでは国民(私には観光、トレッキングガイド)のやる気力を叩かれているようなものです。

到着翌日に、ガイドの日本へ行くためのビザ申請に日本大使館へ同行しました。

日本へ来ることができたら、防災訓練を受ける体制は整っています。

さて、今日も暑いカトマンズですが、観光スポットの現状を見てまいります!

この写真は、カトマンズダルバール広場。カールバイラブは健在です。頑張れ!

ナマステ〜。花屋さんでバイトしました。

2015-05-11
ネパール カトマンズ近郊の震災から2週間が過ぎました。ほとんど毎日ガイドのチャプテやできればサンタと交信していますが、
彼らの話では、「カトマンズはもちろん倒壊したうちがたくさんあるけど、自分の村にもありますよ。学校がつぶれたよ、でも知り合いは元気だったからよかった。食事は大丈夫です、自分でできるよ。サンタも大丈夫(チャプテとの会話で)、うちも大丈夫です。将来は、わからないね、お客さんが(海外)くるかどうか。へへへ。」自分の目で確認していないので私にはネパールの現実がわかりません。
彼らネパール人と私のような彼らからすると温室育ちのものの感覚も違うし、ただ、心の芯となるものは同じじゃないかなあと思っていますが、どうなんだろう…。あまりガイド達は苦労を口にださないので、ほんとうに大丈夫なのかどうか交信しながら探っていますが、
新聞やニュースでの画像だけをみると最悪に思えます。あちらこちらで支援金活動も始まっていることを伝えると、「どこに行くかわからないよ。へへへ。」って返ってきました。悲しいじゃないですか、不安定な政治で今まで何度も同じ繰り返しできた結果、海外からの支援金にも疑問どころか期待が薄いところもあるようです。「まほさん、政府に渡してはポケットにいくからね。直接がいいです。」と言われました。 私には政府に渡す大きなお金なんてないですよ〜、心配しないでください。

こんな会話ですが、食料品が便乗値上げで困っているようでした。だからと言って、一度も助けてくださいとも言われていません。

また、別で通訳のボランティアをしているネパール人の方からは
「テントが足りないと言ってるけど、これからの雨季にテントで間に合わない。」
と言われ、日本の仮設住宅を造れば、しばらくは生活できるのでは?
と話すと、「ここは日本じゃないねん。ネパールや。来たらわかる。」って怒られました。

支援金ですぐに仮設住宅はできないのか。この先の雨季、夏からすぐに来る
朝晩の冷え込む季節に、テントは無駄にならないのでしょうか?

畳の上で座って考えてても、わかるはずがないですよね。

後者のネパール人からの言葉にグサリときたので、花屋さんで母の日のカーネーションワゴンセールがあり、店頭でお手伝い
してきました。(初めての経験です)
大きな声でお客さんの呼び込みや、人の多さと炎天下が重なり
この私にはきつかったです。頂いた報酬は少ないけど行き先は決めています。




あまり人生を重く見ず、 捨て身になって何事も一心になすべし。

2015-05-02
日本人も西洋諸国の人民も、
同じ天地の間にあって、
同じ太陽、同じ月・海・空気を共にし、
互いに通じ合う人情を持つ
人民ではないか。

余った産物は与え、
外国に余っている物産はもらい、
教え合い、学び合い、
恥じたり自慢したりせず、
互いに相手国の便利を考えて、
その発展を願うべきであろう。

私の好きな福沢諭吉の言葉です。

私腹を肥やすことしか考えていなかったツケが国民へきます。

ただ、私には捨て身になってはできませんが…一緒に頑張ってきたガイドに希望がもてるよう、
頑張って行きたいです。

サンタ、無事です!

2015-05-01
サンタが無事ですよ。と間接的に聞いていましたが、昨日直接連絡がありました!

こだまの大切なガイドの一人、もしものことがあったら…いろいろ負の想像をしていましたが、これで全員無事がわかりました。

皆様、ほんとうにご心配頂きまして、すみませんでした。

チャプテ、無事の確認。サンタ、未確認で心配。

2015-04-26
4月24日夜、チャプテからいつものメッセンジャーでナマステの連絡がありました。野口健さんと同じロッジに宿泊しているようで、嬉しそうに写メも送ってくれて、明日からは同じルートかわからないけど頑張ります!で話が終わり、まさか翌日にこんな災害になってしまうとは。
4月25日午後3時過ぎまで社長らむさんと、いろんなことで話がぶつかり、私も気分転換のため一旦中断してしばらくすると、ニュースでカトマンズが大変なことになっているではありませんか、それから何をしていたのか思い出せませんが、報道機関からの電話対応で夜中近くまで忙しく、あと眠れなく朝まで起きていました。どうしてもチャプテとお客様の安否確認ができず、25日から26日夕方までチャプテなら大丈夫という自信の反面、世界一のエベレストでの雪崩がどのようなものか、空想すると地獄ってこんな感じなのかと思う真っ暗な一日でした。夕方5時、ネットで情報を収集していたところにチャプテから連絡がありました。「チャプテー!心配してたよ!」と怒鳴ってしまい、涙が止まりません。とにかくお客様もチャプテも無事でよかった。

サンタ、あどけない笑顔が浮かびます。絶対に日本へ来て、日本語の勉強もっとしようと約束があるんですよ。
だから見つかるはず。

Facebookをはじめ、まだお会いしたこともない方々からも励ましのメッセージを頂き、ほんとうにあろがとうございます。

鹿児島のそら豆

2015-03-27
ナマステ〜。極寒の中引越しが決まり、友人の不動産屋さんのご協力があって直ぐに部屋も見つかり、やっと落ち着いてきました。
引越しには慣れていますが離れる時は非常に淋しいものですね。
今回は生まれて初めてジョギングを体験し、達成感をこの年齢でまた得ることができ、そして木曽川の四季移り行く景観に日本の素晴らしさを実感しました。
犬山の次は私の生誕地「大阪」なんですが、ジョギング初心者にはキツイ坂道が多く、せっかく調子よくスピードも上がってきていたのですが、また亀走行に戻っています。

写真は今朝、突然そら豆が食べたくなり茹でてみました。子供の頃に父親が茹でてくれた「大きなそら豆」の味と比べると少し負けたような気がするのは、茹でるだけでも食べさせてあげようという愛情が加わると、こんな年齢になっても忘れることのない大切な思い出の味となるんですね。

欲張りツアーの余韻

2015-03-02
ナマステ!

この度犬山城近くのうちから大阪へ引越しました。マレーシアから大阪でなく帰国先が愛知県となり、やっと地理もわかりジョギングも楽しくなってきた頃でしたが、今度は生まれ育った大阪へ…。

行く先々で色んな発見、感動、落胆がありますが、どこにいても日常生活と自然界とは切り外せないことがよくわかりました。
経験だけは豊富ですが、果たして人生の肥とできているのか❓です。
ただ、仲良くなった人達とまた別れることはいつもこれっきりにしたいなあ〜と思うのですが。

今朝は新しい大阪のうちから7km弱をジョギングしてきました。徐々に距離を長くしてみたいですが、方向音痴の私ですからまた迷える子羊状態です。

今日は久しぶりのブログに元気いっぱいの中高年 欲張りツアーの写真を付けてみました。

皆さん、年齢よりうんとお若く、ノリノリで唄って踊ってガイドさんもビックリされていました。

ネパール欲張りツアーに参加しました。

2015-02-08
ナマステ!久しぶりにブログ更新します。

今年一番のツアー、カトマンズから14人乗りの大型バンでチトワン、ルンビニ、パルパからポカラへ大旅行しました。
メンバーはオール関西人10名、年齢は下は21歳から上は82歳と幅広く、だけど年齢に関係なくどなたもお若く、関西ならではのジョークや漫談が溢れる中、ネパールで10本の指に入るという優秀な観光ガイド「ソン?サン?(私はサン先生と呼んでいます)ガイドの案内で、
12日間(カトマンズを含め)ネパールの世界文化遺産ルンビニを始め、世界遺産自然遺産チトワン国立公園、ネパールのダージリンとよばれ、今も古き良き趣を残すパルパ、タンセン、そこからポカラへの道中でも、地元で有名なお寺見学、レストランでは地元の人との温かい交流、ポカラでは高齢女性が数名いたので、できるだけ歩かないように車でサランコットの丘でサンライズ、ノーダラの丘でサンセットを観賞しながら、美味しいヒマラヤオーガニック珈琲を頂きました。
これだけではなく、カトマンズまでの帰路では、そのままナガルコットの丘へ行きクラブヒマラヤの展望台からサンライズ観賞、一泊した翌日はバクタプルで赤レンガの古都にマッラ王朝時代の素晴らしい建造物や、ガイドさんが予定外に修復作業を進めるご老人の作業場まで案内してくれたので、予習できていない私には意味がわからず、帰ってきてから自分たちの足取りが、他のツアー会社ではとてもできないような貴重なツアーだったことを知りました。

とにかくネパールはトレッキングや登山はもちろんですが、まだまだ知られていない未知なる財産がたくさんあります。

お釈迦様の生まれたルンビニ、ルンビニから西へ約25キロのネパール説でカピラヴァストゥとされるティラウラコットの遺跡、悟りを開いた後に暮らしたクダンでは本当に感動しました。
車での移動なので疲れるかと思いましたが、ソン先生の行き届いたサービス、サポーターでついてくれたチャプテ、サンタのおかげで安心安全、歌あり踊りありの楽しい旅行ができ、こだまツアーズのオリジナルツアーが無事に終わり、カトマンズ出発日のお疲れパーティーは社長ラムさんも一緒に韓国レストランで乾杯し、空港までスタッフ全員がお見送りしてくれるという、他ではない心温かいおもてなしに皆さんが満足されたことと思っております。

今後の課題も見つけました。
チャプテ、サンタは登山とトレッキングガイドなので、今回の観光ツアーに初めて同行してもらいましたが、サポートがまだ完全ではありません。自分でも要領が違うので勉強になったと反省点も見つけているようでした。
私も今回はゲストで参加したので、自分の目でガイドさんのレベル、ホテル施設、道中での休憩所など細かいところも日本人に合うかを見ることができました。

しばらくはネパールの遺跡に酔いしれています…。単純な私でした。

トレッキングはそろそろオフ、胃袋はいつもオン。

2014-12-17
走るとお腹が減る食べても食べてもすぐに空腹感がくるので、つい甘いものに手がいき体重が52kgをちょろちょろしています。私の身長だと50kgがベストなんですが、2kgの壁は大きくてびくともしません。
その上夕方になると炭水化物系が食べたくなり、毎日趣味で記録している「食べたで帳」をチェックすると、朝食はジョギング直後なのでまだ空腹感もなく食パン1枚、生野菜、ヨーグルト、コーヒー、冬虫夏草ティーと合計カロリーが400あたりなのに、昼食と夕食で1000kcal以上、そこにおやつや毎晩ワインを飲んでピーナツまで食べると1500kcal、一日合計が2000kcal以上ありました。いくらジョギングで500ー600kcalを消費しても体重維持に留まる程度ですよね。最近発見したことで、私の胃袋は焼き魚を食べると腹持ちが良くなり、間食しなくて夕食までもつし、夕食なら副食の量が少なくても満腹感があって、これなら続けられて、そのうち理想体重になれそうです。2キロ落ちると少しは走るスピードもでるかな。
それにしても、甘いもの好きな私には食べても食べても太らない体質の人が羨ましい~。
何も心配なくおもいっきりプリンとシュークリームを食べたい。食べたければ走れってことかな。
でもジョギングは減量だけでなく、私にとっては達成感という最高に気分いい一日の始まりをくれる大切な友になっています。速くはないけど目標にしたところまで諦めずにゴールします!

ネパール、カトマンズの事務所からの連絡では、そろそろオフシーズンでガイドさん達もホームタウンへ帰ったり、家族や友人と過ごす時間が多くなっているようです。


ガイドのサンタは故郷がカトマンズからバスに乗り継ぎ、そこから歩いて村まで数時間の合計2日間かかるところにあるので、滅多に帰りません。三人兄妹の一番上で妹が二人いて、そのうちの一人がカトマンズの学校に通うため同居していますが、とても面倒をよく見て家族を大切にする若者なんです。ネパールでも家庭の事情に恵まれた者とそうでない者がいます、私は日本人で彼らの文化や習慣をうわべでしかわかっていないのに、簡単に言葉でアドバイス、意見、心情は言えませんが、自分の身近にいる者(私ならこだまツアーズのガイド)が希望を失わないために、一緒に頑張れるように地盤を固めて行きたいです。
こだまのガイドさんは、どの青年も素直で家族思いなんです。家族を大切にする精神があってこそゲストを大切にできるんでしょう。

みんなで頑張ろう!

写真は豆腐チゲ。初めて食べましたが、汗が噴き出してきますね。

私の朝ジョグコース。

2014-12-08
愛知岐阜県境を毎朝6時過ぎからジョギングしていますが、12月に入り急に冷えてきましたよ〜。
今朝の木曽川に架かる橋の温度表示は摂氏3ー4度で、路面の凍結に注意と出ていました。
うちから国道沿いはそれほど冷たさは感じませんが、木曽川沿いに入るとまるで冷蔵庫の中にいるような冷たさで、
指先に感覚がなく途中でスマホのカメラを使って景色撮りをしたいのですが、手袋を外すのも痺れて手間がかかったりします。
これが若いと血液循環がよく、こんなことはないのでしょうか?
それでもこの寒さに中でウォーキングをしている高齢者の方や、ジョギングをしている男性がレギュラーで数名いらっしゃいます。
女性でこんな早くからジョギングしているのは私だけで、毎朝高校生の自転車通学の男子学生、たぶん部活の朝練でしょうか?
すれ違うのですが気を使って歩道から車道へ移り、挨拶をしてくれます。
毎朝、同じパターンで13km、パワーがある時は16kmほど走っていますが、「おはようございます」を言う毎に、また返ってくる度に私の一日のモチベーションが上昇します。
少しくらい嫌な出来事があっても、朝に頂いた不思議なパワーで消されていくようで、このジョギングは無料のサプリメントです。

一喜一憂しない心をつくる

2014-12-02
12月1日月曜日。スタートにいい日付ですが、あいにく朝からの雨でジョギングはお休みしました。

昨日の朝は5時起き、布団の中で怠けようとする心と、頑張ろうとする心が葛藤したところ、頑張る方に軍配が上がり、15kmをものすごくいい気持ちで走ってきました。
MAX4:50/kmという瞬間記録もでて、超いい気持ち。

一喜一憂なんてしていたらもったいない。こんないい環境をバックに走って、爽快な気分になれるのに。

頑張る力、続ける力があれば必ず喜びがくるんだなあ。

十数年ぶりに再会した、昔はバレーボール部員、今じゃマラソンアスリートの「心友」から走ることで得る達成感、また彼女からの繋がりでたくさん刺激をくださるランナーの皆さんに感謝です。

さあ、最後の月に入りましたが一喜一憂しない強い気持ちで走ります。

頑張っていれば、考えている暇なんてないよ。勝てば官軍?

今日の朝食
食パンに刻んだ野菜をたっぷりのせ、ワサビと大根おろしのドレッシングかけ。
ヨーグルトとミュズリー。
ヒマラヤオーガニックコーヒー。

岩盤浴へ行ってきました。

2014-11-27
二日間雨で朝のジョギングを休みました。最近やる気のスイッチが入りにくくなり、しかも過食と解禁されたワインの暴飲により体重が増量し、自己嫌悪にはまっていたのですが、昨日うちから車で20分の距離にある岩盤浴でデトックスをしてきました。成果は…あるある、大量の汗が出て体重が落ちた分、身体と気持ちが軽くなったようです。
岩盤浴に加え、薬草ミストサウナという蒸気モンモンの部屋で、専用粗塩で身体をゴシゴシし、肌もツルツルのなったし、ついでに頭皮もこすったので、頭の中まですか~っとしました。11月26日という偶然に
「いい風呂デー」というプレゼントまでついて、次回無料チケットをもらい、なんていい日だったんでしょう。

あ、そうそう、シルク風呂にはデンファレと大きなリンゴがプカプカ浮いていました。いい香り!

ホルモンバランス、安定中。

更年期と頑張ってます。

2014-11-18
生きていると色々あるもので、15年前にやってきたパニック障害が終わったと思えば更年期障害が来たり引っ込んだり、一喜一憂の毎日ですが多分まだまだ続くことでしょう。ただ厄介なのは出先で襲って来るとパニックに発展することもあり、出かける時は安定剤を一つポケットに入れていました。しかし、かかりつけのお医者さんが去年亡くなり、薬を大切に出来るだけ使わないようにしていましたが、今回のネパールではとうとう5錠(5回分)しかなく、代わりに風邪薬を多めに持参しました。薬に敏感な私は市販の風邪薬を使うと眠くなるからです。薬に頼るのは良くないのはわかっていてもパニックには勝てませんから…。
帰国して、新しい主治医を探せばいいのですが、出来るだけ自分で乗り越えてみようと思います。
毎朝10kmのジョギングを13kmにしてみました。夜は疲れて10時には寝ています。食事もネパールで薦めてもらったハーブティー、冬虫夏草のお茶を毎朝飲んでいます。
笑っても、泣いても24時間はみんな平等にあるんだから、気持ち良く過ごしたいなあ。頑張ろうっと。

1月24日から、もうネパールは最後やからね。って断言していた母が、ルンビニからチトワン、パルパ、ポカラへのツアーに参加します。
「私は行ったところだから、興味ない」と言いながらも先頭切って張り切っています。これがが彼女の元気の源でしょう。

アマダブラムから帰ってきました。

2014-10-29
1名の隊員と登山ガイド2名が登頂に成功しました!

アンダワ シェルパ登山ガイドさんが登頂できた隊員と先にカトマンズへ戻ってきました。
登頂前からあまり体調が良くなかった隊員が結果成功したようです。
その後肺水腫でヘリでカトマンズへ戻り、病院へ搬送されましたが大事に至らずホッとしました。

アンダワさんの話では、年々ヒマラヤの登山は難しくなるということです。
地球温暖化の影響が登山にも出ています。

チャプテ シェルパ サブガイドから「とても難しかった…。これからは、あまり行きたくないなあ。」
とコメントがきました。

アンダワ シェルパ メインガイド からは、「ものすごくテクニックにいる登山で、経験と技術に加え判断力が必要です。
隊員が弱っていたので、とてもサポートをしました。この先、ヒマラヤ登山は難しくなるでしょう。キャンプ2では6つしかテントを張るスペースがなかった。」というコメントです。

まずは、ご無事でよかった。同じグループで亡くなられたアメリカ人、ロシア人登山家のご冥福をお祈りします。

HAPPY TIHAR❗️ ティハール祭り

2014-10-22
ティハールをカトマンズで経験するのはこれで4回目、こだまでは2回目になりました。

ティハールはダサイン祭りに続く2番目に大きなお祭りです。
ヒンドゥー教徒の祭事で、ヒンドゥー暦の7番目の月の新月の2日前から始まるそうです。祭りは4日間か5日間続き、カラス、犬、牛などに食べ物を与え、自分の兄弟たちにも贈り物をします。毎年10月末から11月初め頃に行われ、豊穣と幸運の女神ラクシュミに祈りを捧げ、家中に灯りをともすため、「光の祭り」とも呼ばれます。

このお菓子を食べてお祝いしますが、食べたらカラダがブルブルっときました。
甘くて甘くて…。

法政大学山岳部アマダブラム登頂めざして。アマダブラムBCより

2014-10-19
今朝、チャプテ ガイドからインターネットラインを使って連絡がありました。
みなさんお元気です。
アマダブラムBCとキャンプ1を往復し、高度順応中だそうです。
昨日は少し雪が降り、今日は天気が良くなったのでパンボチェへ買い出しに行くそうです。

今朝、フランス?のチームが登頂に成功したそうです。

豪雪、暴風による災害

2014-10-17
ムスタン、マナン、マグディ(Myagdi)地区での豪雪被災による遺体は30名近くになりました。
TAAN ネパールトレッキング協会の捜索救助が続けられています。本日で合計262人が救出されたようです。
日本人5名の確認ができないようです。
どこか会社を通していると分かると思うのですが。

マナスルエリアで大雪災害がありました。

2014-10-16
14日に発生した雪崩により、100名以上とみられるトレッカーが行方不明。

29名の死亡が確認されました。
そこに日本人がいるという情報は入っておりません。

16日、マナン地区から14名救出。ネパール人5名、インド人4名、カナダ人3名、スイス人1名、シンガポール人1名。

ネパール人2名、イスラエル人2名、ポーランド人1名、5名の遺体がさらに発見された模様です。

5機のヘリで行方不明者を捜索活動中。

インドで発生したハリケーンがネパールに影響し、カトマンズでは一週間に及ぶ長雨となりました。
マナン方面ではこれが豪雪となり、暴風が襲い、雪崩が道を塞ぎました。
トレッキング行程中のトレッカーは道がなく立ち往生となり、豪雪によりこの不幸な出来事となったようです。

法政大学山岳部アマダブラム登頂めざして。 パンボチェより

2014-10-14
今日も雨。カトマンズは時々雷も鳴っています。道は非常に悪く、部屋と事務所の往復も億劫です。

アマダブラムチームは天候が悪い中、パンボチェまで無事到着し、ラマさんからプジャをもらったようです。
以前テレビでシェルパがエベレスト登頂する前にお坊さんにお祈りをしてもらっている様子を見ました。
登山ガイドのアンダワ シェルパさんからの写真とコメントです。
「この方はパンボチェのなかでも立派なラマさんです。私は山へ登る時はどのようなときでも彼のプジャを戴きます。
今回も本当に有難く戴き、この先の安全を心から祈りました。」

続く…

法政大学山岳部アマダブラム登頂めざして。 テンボチェより

2014-10-13
今日は朝からカトマンズの天気は雨、気温も突然低くなりセーターを着用しました。
雨が降ると埃がたたなくていいのですが道が泥々になり、私の部屋から歩いて1分の事務所に到着するまでに、バイクや車からお土産を
もらい、靴はもちろんのことズボンが汚れてしまいました。
考えてみればいつも乾いた泥のパウダーを服に付けているのだから、同じようなものかな。

皆さん元気にテンボチェに到着しました。と午後4時ごろチャプテから連絡が入りました。
天候はみぞれ雪のようです。それほど寒さは感じないようでした。
ここまでは彼らにはどってことのないトレッキングなんでしょうね。明日はパンボチェでお寺に行きラマさんに祈祷してもらうようです。
明後日からが難しくなってくるそうです。カトマンズから私も応援しています。

続く…

法政大学山岳部 アマダブラム登頂めざして。 ナムチェより

2014-10-12
チャプテからの写真です。
後ろのアマダブラムを目指すチームに今回チャプテは同行します。登山のメインガイドはアンダワ シェルパさんですが、サブでサポートするチャプテに私は事務所から応援しています。
チャプテはこだまツアーズでもサービスがとても行き届いていることで、お客様からよくリクエストがあります。
特にちょっと年配の方(失礼しました)からは、よく気がつくし、親切なのでリピーターが多くいます。
今回は年齢が近い青年なので、いつもとちょっと違ってパワーを出していますね。オーラが変わったよ。
母がこの場所まで来た時は、高山病になりかけた女性をおぶってナムチェのロッジまで上がってくれました。
私もロッジを目前にした頃から頭痛が始まり、せっかくのアップルパイを逃しました。おぶって歩くチャプテよりも遅く到着した私が言うのはおこがましいのですが、「チャプテ、サポートしっかり頑張ってくださいね。」

続く…

法政大学山岳部アマダブラム登頂めざして。

2014-10-07
10月7日 東京から4名のアマダブラム隊員がカトマンズにご到着されました。
2名の方はOBあと現役学生さんで、私がイメージしていた真っ黒に日に焼けた青年とは違い、色白で優しそうな青年でした。
骨格はさすがにスポーツマンという感じで、是非、登頂して帰って欲しいです。

登山ガイド アンダワ シェルパ 、サブガイド チャプテ シェルパ、キッチン担当 パサン シェルパ が同行しています。

ダサイン祭りでティカをもらいました。

2014-10-04
ラムさんのうちへ招待され、私とチャプテさんはラムさんのお母さんと、お祖母さんさんからティカをもらい将来のためにお祈りしてもらいました。ラムさんの家族はヒンドゥー教徒なのでチャプテとは祭りの祝い方が違っていますが、仏教であれヒンドゥー教であれ、人生の大先輩から将来を祈ってもらうということは、大変有難く、貴重な経験をさせて頂きました。
ティカはお米に赤いパウダーをミルクで溶いて付け、それを額に指で押さえて付けるのですが、どうやら一つの願い事に一回のティカを付け、多くなれば付けるティかも多くなるので額が真っ赤になっています。私には少し恥ずかしい気持ちがありますが、ネパールでは大きい方がたくさんのティカをもらったということで、幸せな気持ちになるようです。その祈りの儀式の時にダサイン一日目に蒔いた大麦の育った苗を耳に掛けたり、女性は髪の毛に飾ってもらったりするようです。

ネパールの法事

2014-09-23
9月22日にラムさん一族の法事があり、今年はカトマンズ郊外の新居で田舎からお母さんも一緒にされました。

前日にラムさんから私も社会見学になるのでしょう、と誘われこれはラムさんじゃなければ誘ってくれないと思い、
こちらに到着してまだ体調がネパールに慣れていませんが、見学してきました。

日本の法事とよく似ています。家長がお坊さんのお経に合わせてご先祖様へ供養をしていきます。

その準備はラムさんのお母さんがされていました。去年までは田舎のうちでしていたようですが、だんだん
若い世代の者がカトマンズで働き家を持ち始め、なかなか村へ帰る時間がなく、村は老人が多くなり
年をとっていかれるお母さんは、最近村からカトマンズへ移ってこられました。
お母さんが取り仕切る中で、ラムさんのお兄さんが法事を進めていきますが、3代昔の先祖の名前を読み上げるのに
名前がわからず、お坊さんのお経もその度にストップし、お母さんが怒っている、とラムさんが苦笑いをしながら
携帯電話で親戚に聞いていましたが、その親戚もあやふやのようで、なんとも微笑ましいというか、さすがネパールと肩の力が抜けました。

古い習慣を大切に引き継がれるなかでも、携帯電話が必要になっています。

私はカトマンズでもパワフルなお母さんが好きです。





日本語の看板ができました。

2014-09-23
「ようこそこだまツアーへ…」の看板を見つけたら、どうぞいらしてくださいね。

ラムさんが独立する前、私はこの文字を半信半疑で入口をまたぎました。
多分、これを見てほとんどのツーリストは私と同じでしょうね。

昨日の夕方、業者の方が付けたときは英語のmountain guide の看板の下でしたが、
今朝ラムさんが見て、「これでは前の店の看板に隠れているから、よくないんじゃない、ねえ、まほさん?」と
私の意見を聞かれましたが、こんなにあっちこっち看板が出ていると、どこに出しても隠れるでしょう。と言いかけたところ
「横に付けたらいいじゃない?私もう、言いましたよ」って。言いましたよって、誰に?ふと見れば業者のおじさんが
工具をもって立っていました。

付け替えて「ちょっと、ずーっと向こうになったかなあ…」ちょっとではなく、ずーとでしょう。道の半分から向こうに出ているし。
「まほさん、よく見えるじゃない。ねー。」と言われても、日本人的に「それはダメじゃない?」と聞きましたが、
「心配ないでしょ、ダメだったらツーリストポリスが向こうから来るから」って言われても、事務所で私だけの時はどうするの…。
隣の店に避難すればいいか。


カトマンズ、トリヴバン空港到着

2014-09-18
16日無事に飛行機は着陸しました。出発前の明暗を分けるような空模様に深刻になりましたが、案ずるより産むが易しで
フライト中は気を紛らわすために、本当は良くないことだけど頭痛薬とワインを飲んでウトウトしているうちに4時間が過ぎていました。
空から見たカトマンズは来るたびに山が削られ、平野が広がっているような感じがします。高度経済成長中というのか、日本の50年ほど昔と同じだと言われていますが、街の姿はそうかもしれませんが人々の顔つきまで変わっていくのが心配です。

空港では荷物が出てくるのを1時間も待ちました。ラムさんの話によると、ネパール人の荷物が多かったからでしょうということでしたが、
そうですね〜、もうすぐ最大のダサイン祭りがあり、出稼ぎの人々が家電製品、毛布などを買って帰るので、観光客の荷物の2倍はあったと思います。ぐるぐる回ってる荷物を見ているとテレビがダントツでした。ちょっと疑問だったのが、停電時間が長い国でテレビは飾りで終わらないのかな?
テレビにかかる関税が1インチにつき、いくらだったか高額でした。

お金って怖いですよね、あれば便利だけど、便利を知ってしまうとない時の自分に戻せなくなるし。
日本で便利な生活をしていながら、こちらの人にテレビなんていらないでしょう、なんて言えませんし…

マザーテレサのようにはなれませんが、私から近くにいるこだまツアーズのガイドさん、ポーターさんが海外出稼ぎ組にならないように
サポートを今回もしていきたいと思います。
そして、少しでも多くの日本人の方達がヒマラヤの国へ来ていただけるように頑張ります。




白川郷へ行ってきました。

2014-09-06
8月最後の土曜日は、続いた雨も休止で朝から青空が広がり、以前から行って見たかった世界文化遺産白川郷へ行きました。

朝6時に出発し、8時半頃到着。まだ観光客もいなく、出逢い橋を渡ると自転車少年とすれ違いました。
ご婦人が洗濯物を干していたり、私がイメージしていたのは誰もいない村だったので少し驚きましたが、ここだけ別世界のような郷を歩いていると、目からだけでなく五感全部が活動し始め、大袈裟のようですが錆び付いた体内の管が洗い流され、新鮮なものが流れ出すような気持ちになりました。何を言ってるんだか意味不明ですが、表現できません。

結い の精神。

屋根の吹き替え、それらは無償で行われ、次には誰かのために無償で同じように働くそうです。白川郷の集落の美しさ、素晴らしさは、建物そのものや田園風景もさることながら、このような相互扶助の精神、人々の助け合いの心にこそ現れているんだなあ。今の私達が日頃忘れがちなこの利他主義。それは決して人様のために自分が損をする、犠牲になる、ということではなく、誰かのためにする行いは、やがていつか自分に戻ってくる。「情けは人のためならず」・・・まさにその精神が脈々と生きているのが白川郷合掌集落だと思いました。


雷雨、豪雨

2014-08-21
なんて今年は雨の量が多いのでしょうか…。
夏休みが入ってまもなく、男の子が木曽川で亡くなりました。私が毎朝走っている木曽川沿いは、普段は鶯の鳴き声、川のせせらぎが私のメディテイション、パワースポットで朝日が川面をキラキラ輝かせているのですが、こんな風に少年を連れて行ってしまうなんて。

雷も多く、8月始めには近所の高校球児に落雷しグランドで短い人生を終えるという事故もあり、もう神も仏もないと思う夏を過ごしていたところ、今度は広島で土砂崩れ災害。

自然の力には敵わないのか…。自然の摂理ってありますが、悲しみはごめんです。

ジョギングコースで高校球児が試合をしていたグランド前を通ります、手をあわせて黙祷するだけですが
ご家族の悲しみをお察しいたします。

ネパールでも雨による災害がでています。

2014-08-06
ナマステ。
梅雨明けまでは雨が少なく夏空が広がり、早朝ジョギングを十分に満足させてもらっていましたが、8月に入ったころから天候不順で
竜巻、雷雨、大雨洪水、土砂災害と重い災害もあり、私も青空の下でのジョギングが少なくなっています。
昨日、カトマンズのガイドさんとインターネットでチャットをしました。
ネパールの気象状況の話をしましたが、向こうも雨が毎日のように続き、カトマンズから北東にある山間部で大きな土砂災害があり、現場では地滑りの土砂が川をせき止めてダムのようになり、洪水が村を一気にのみ込んだということです。
また、タライ平野でもネパールガンジ、ダン村、バルディアも洪水による被害が大きく、バルディア辺りは90%の民家に被害がでているようです。
これから米の収穫期に入り、9月末からは最大祭ダサインが始まるというのにどうなるのでしょうか
…。ネパールでの復興は日本と比べると時間がかかり、あまり国からの援助に期待はもてそうにありません。
幸いにも、こだまツアーズのガイドさん達の故郷は無事だったようですが、私のお気に入りでもあるバルディア国立公園がどんな状況であるのかとても心配です。

ネパール南部、タライ平野方面へご旅行される方は移動にご注意くださいね。
また、山間部も続いた雨の影響で地盤が崩れやすい所もあると思います。
単独でトレッキングは危険ですので、必ず案内できる地元の人やガイドと同行して下さい。

日本は亜熱帯気候?

2014-08-05
梅雨明けしてから夏空は続いていません。台風が次々やってきて、気象情報を聞いているとなんだかマレーシアにいた頃みたいに突然天候の変化で大雨、暴風雨、河川増水、床上浸水など。マレーシアに住み始めた頃、空が黒くなってきたと思えば、10分もしないうちにまるで洗濯機の中にいるような状態で、窓ガラスの下から雨水が部屋の中に吹き込んでくるし、雷は半端じゃない大音響。怖かったです。
まだ車を持っていなかった時、ショッピングモールや、娘のバレエ教室からの帰りは非常にかわいそうな親子で、タクシースタンドで並んでいても来ません、自分でタクシー会社に電話をし居場所を伝えて来てもらいます。でも、南国のタクシーは雨の時は休んでいます。日本では想像がつかないでしょうね。ゴロゴロピカピカする中、7歳の娘に八つ当たりをしながら必死でタクシーを探したころが懐かしく、今では、いい思い出です。(娘の気持ちは別として)タクシーを探しながら、泣きたくなったことはしょっ中で、夕食の準備なんてする気にもならず、ネガティブの塊で日本は素晴らしい帰りたいと何度も思いました。タクシーを捕まえるのはストレスになるので、車を買って自分で運転することにしましたが、雨の時は大変危険でした。一度は道が川になり車の中まで水が入ってきましたが、なんとかうちまで帰れ、翌日エンジンがかかるのか心配でしたが、マレーシア産の車は雨に強いようで問題なし。ただ、走行時に日本車だと周囲の車もぶつけないように、乱暴に走行しないので、二台めは日本車にしました。自分で言うと自慢になりますが、雨で前が全く見えなくても、目探りで運転することもできますし、割り込みは得意です。(自慢じゃないですね。)亜熱帯気候の話、今の日本の気象は私のマレーシア生活で体験したモンスーンととても似ています。
ただ、日本では避雷針があるのか心配です。

早起きヨギさん

2014-07-17
久しぶりの更新です。

梅雨明けはまだのようですが、気温が30度を越えてきました。毎朝4時半に起きて5時前からジョギングをスタートするのですが
蝉のはゴールする6時ごろに鳴きだし、近所の珍しい鶏(烏骨鶏かな?)は気が向いたら私のゴールに合わせて雄叫びをあげてくれるんです。
汗だくになりますが、人も車も少なくとても気もちよくってやめられない快感が得られます。始めた頃は走れた日、歩いてしまった日、距離の長さなどに一喜一憂していましたが、今は走っても歩いてもゴールすることの達成感を味わって楽しくやっています。
必ず途中の公園でヨガマットを自転車の前カゴにいれてやって来るおじいさんに会うのですが、
80歳ぐらいでしょうか、ランニングシャツに赤い半パンでやってきて、ささっとマットを敷くとストレッチが始まります。
最後まで見学はしていませんが、先日私の方が到着が遅くて、おじいさんのヨガは終わって流派はわかりませんが「ご詠歌」が大きな声で
始まっていました。

おじいさん、元気でいてくださいね。

便利な生活に不便を感じる〜。

2014-06-30
ネパールで居る時は毎日停電の時間を確認し、それに合わせてシャワーをしたりiPadに充電していました。
ときには、停電の時間割がいい加減で遅くなったり早くなったりして、シャワーの途中で突然真っ暗になったり、バッテリーの残量が
無くなく充電もできない時は、ジェネレーターのありそうなレストランへ行き、充電をさせてもらったこともあります。
日本では考えられないことですが、ネパールカトマンズは当たり前で、私はすっかり慣れてしまい不憫と思うより電気が来て部屋がパーっと明るくなった時、みんなで拍手することになんというか心がほんわかして、大袈裟な表現ですが人間の世界で居るんだって気持ちになるんです。リモコンでスイッチをつけるとすべてオートマチックに運び始め、自分はなにもしなくても気がつけば終わっていたり、なんだかロボット界にいるようで、機械音痴の私には少し居心地が悪くなることもあります。

マレーシアもけっこう便利な生活でしたが、南国らしく時間にルーズなのでバスに乗る時は時刻表もなく、やってきたら乗るって感覚だったので、1分1秒たりとも遅れない日本の電車は素晴らしいけど、待って〜といっても絶対に待ってもらえない冷たさも感じます。

今朝ジョギングで岐阜県へ進入しました。5時でもすっかり明るくて、鳥の囀りが心地よかったです。そういえば、マレーシアでも
早朝から野鳥が鳴いていました。日本と違ってプアープアーって。

あゝ、懐かしいです。

体重が「ほぼ」戻りましたよ〜。

2014-06-28
ネパールでジョギングはいつもの3分の1ほどで終わっていました。言い訳になりますが、カトマンズ(私の宿泊していた部屋)の地区はインフラ整備と来るたびに人々の生活スタイルが変わってきているようで、かなり早朝から車やバイク、出勤する人々なのか道が混雑し始めます。6時には道路を竹ぼうきで埃を立てながら女性達が清掃し始めるので、5時半までには走っておかないと埃を吸いながら、車、バイクが増え始めるので集中力のない私には20分が限界でした。その結果が増量なんですが。
もっと安全に走れる場所があるはずなんですが、今回はチャプテ(ガイド)が教えてくれた、「私でも道に迷わないコース」なので次回からはフィールドの中をグルグル走ろうかと思っています。
増えた体重は3kg、ムスタン祭りツアーから帰ってきた母から腹回りの贅肉を指摘されました。ツアー参加者皆さんの前で平気で傷つくような言葉をデリカシーもなく言う母に返す言葉もなく、悔しいので一ヶ月で2kgは戻してやると帰国してから最低10kmは走ることにし、
食事も大好きな炭水化物の塊、菓子パンや ビスケット類も控えて、新鮮な野菜とフルーツ、豆類に限定しました。ストレスがくるので
少しは食べていました。
便秘になってはいけないので、低脂肪ヨーグルトにジャングルハニーを入れて朝食には欠かさず食べます。
今朝、体重測定したら2kg減っていました。これだけ走ってたら数年前ならもっと減ってると思うのですが、これって年齢が上がると
新陳代謝は下がるんでしょうか…。悲しいけどこれが現実なので、逃避せずに受け止めながら自己管理します。

減量中でもジャングルハニーのおかげで、モチベーションは上がらなかったのにゴールまでは走るパワーはありました。
ありがとう、ミツバチ。

ムスタン王国ツアーを振り返って

2014-06-17
10日が過ぎても身体が怠くてジョギングも楽しくありませんが、ここでストップすると性格的に復活の見込みがなくなるので
毎朝4時に起きて45分ごろから走っています。体重が増えた分身体も重いのですが、体内時計も
狂ってしまいモチベーションが10分過ぎから上がってくるはずなんですが、20分過ぎまで「やめようかなあ、近道しようか…。雨降らないかな。」と弱気で怠け心が優先しています。けっこう20分このマイナスな気分でいるのは辛いもので、今朝は少し鞭打って遠回りをして見ました。ゆっくりですがゴールした後で走った道のりをランキーパーで確認し、Facebookで早速「いいね」を頂き、諦めなくてよかったと改めて達成感に一人満足しています。

ムスタンのお話ですが、このツアーは本当に準備が大変でした。それだけ価値のあるツアーなんですが、ムスタン特別入域証の手配、
国内線(ポカラージョムソン)はよくフライトキャンセルになるので朝一番をおさえること、特にお祭りツアーなのでロッジの確約は困難ですが、ガイドと連携プレーで全日程ロッジを利用できました。あと、ムスタン方面は料理がポカラなどの観光地と比較すると
日本人の口には合わなかったり、体力が落ちると食欲がなくなるので専属コックさんも同行し、全食コックのパサンさんが日本食を用意してくれました。朝は必ずお茶を部屋まで運んでくれたようで、母達のグループはとても喜んでいます。すべて至れり尽くせりでしたが、
特に感動したというのは、途中休憩する場所もないところで全員がバテテいたら、パサンさんが突然山の上の方へ斜面を駆け上がって
次に降りてきた時にはポットにオレンジジュースを入れて、みんなに飲ませてくれたということらしいです。

パサンさんだけではなく、こだまのガイドさん、ポーターさんは本当に心優しく良く気がつきます。
お洗濯の係りもいて一枚50ルピーで綺麗に洗ってくれたり、勿論ですが寝る時には湯たんぽと寝袋が綺麗にセットできています。

ローマンタンでも俊敏なガイドさん達が、お祭りがよく観れる場所を確保して素敵な写真を撮っているようです。

お客様が来る前に、ラムさんをはじめガイド、ポーター、コックさんとみんなでミーティングをし、私もかなり緊張がありましたが、
こんなに喜んで頂けて、今まで関わったツアーのなかで最高にうれしいです。

写真はコックのパサンさんが焼いた自家製ケーキです。打ち上げの時、ポーターさんもガイドさんも全員で食べたそうです。

万歳!

只今帰りました。

2014-06-12
6月9日、大阪の実家経由で自宅に生還しました。出発した4月は桜が満開でうちの周りはピンク色だったのが、すっかり緑一帯で空もグレーと、今にもミミズが出てきそう。
ネパールから買ってきたスカーフや友人のカシミアセーター、オーガニックコーヒーはすでに大阪で引き渡したので、カバンの中は洗面具と自分の着替えや化粧品ぐらいでしたが、カバンから出して片付けるのが面倒臭く、つい適当にその辺に置いてしまい次回の出発の時には探し回る始末です。翌日は洗濯とカバンの掃除、手編みのショルダーバッグをバケツに入れると水が真っ黒に変化しました。
汚い〜、事務所と私のホテルは徒歩3分もかからないのに、こんなに空気汚染の被害に会うなんて今更ながら驚きました。
ラムさんから新聞でネパールこの先の構想図を見せてもらいましたが、大きな並木道とビルが立ち並ぶ街、いつそうなるのかわかりませんが、それまでに埃で現在生活をしている人達は病気にならないのでしょうか?得るものがあれば必ず失われるものもあるので、それが取り返すことのできないものだったら悲しい。
翌日から木曽川ジョギングを始めましたが、カトマンズの王宮周囲と比べると埃もなく、道は細いですが綺麗。川にゴミも見当たらないし。この環境を得るのに失われたものって何なんでしょうか。わからない。考えながら走っていたらいつの間にかうちの前まで帰っていました。10km、1時間。

ネパールからナマステ 最終日

2014-05-23
本日をもって、私のネパール 「こだまツアーズ 番頭さん」任務を一時終了致します。

ネパールからナマステ パートXⅢ

2014-05-22
19日午後10時半には到着予定のチャイナサウス航空が、整備不良が原因でキャンセルになり、20日に変更したと聞いていたので
午前中はムスタンスケジュールを一日ずらし、国内線などのキャンセルで忙しくしていると突然カトマンズ空港に到着していると電話が入り、大慌てでラムさんと空港までお迎えに行きました。皆さんの第一声(プレ第一声はうちの母)「もう、トレッキング終わった感じ
〜。引き返そうと思った。」、広州で足止めになりホテルを手配されたが、朝食が非常にお粗末だったそうです。
一つのベッドに二人寝かされ、それでも外見は5つ星ホテル並みの立派な建物だったと言っていました。
お迎えに行ってカトマンズのホテルまでの道中は大変お疲れの様子なので、部屋で休憩かな?と思いましたが、日本食レストランで食事を済ませると早速行動開始になり、明日から始まるムスタンツアーのためのレンタルジャケットのサイズ確認、両替、帰る前でもいい買い物ですが、先に済ませておきたいと大量にお茶やコーヒー、岩塩、ドライレーズンを購入されていました。うちの母は確かオーガニックコーヒーを20パック買っていたような。どこへ配るのか知りませんが、その上ダージリンティーや、岩塩を塊で買い、お店の主人に「砕いてね」と大胆なお願いをし、それがまた受け入れられるというのもネパール旅行を生きがいにしている理由でしょう。軽く1時間は居座ったと思います。その間、私は高級茶を次々頂き、最後に血液をサラサラにする効果があるというラリグラス茶を飲んでみました。
どれがどの味かわからなくなりましたが、個人的にはアールグレイとローズティーが好きです。
買い物が終盤になりますと、店主も疲れが出始めたのか、昨日ポカラにいる母へ電話をすると「同じクルミがポカラは半分の値段やった。お茶屋さんに聞いておいてくれる〜。」ということで、お留守番の私はお茶屋さんへパシリます。
今日はジョムソンまで移動しているはずですが、ポーターさんに渡すバッグに大量におやつが入っていたのを私は見てしまいました。
みんなで食べるそうです。一番軽いキャンディは自分のリュックに入れることでしょう。「アメチャン」は直ぐに出せるようにしてこそ
大阪人ですので。

この疲れた一日の夕食後、私は前日に続きサプライズバースデーケーキでこだまツアーからお祝いしてもらえました。
ネパールではローソクはいくつになっても一本だそうです。ありがたい!と内心喜んでいると、「全然足りない」って隣の母が余計なことを言い出し、歳がバレてしまいました。

私の誕生日はこうした慌ただしい一日で締めくくられ、新しい一年をスタートしています。

ムスタンのお祭りツアーが楽しく、安全に進めば全て良し。
3名のガイドさん、5名のポーターさん、コックさん1名。よろしくお願いします。

ネパールからナマステ パートXⅡ

2014-05-18
一ヶ月ジョギングもせずに事務所に座っているとイライラしてきました。日本ではゆっくりペースでも毎朝ジョギングをしてそれが習慣になっていたので、身体も重く感じるしエネルギーが余って皮下脂肪として貯蓄されているようです。私の脂肪バンクは金利がいいようで…単利でありますように。
帰国まで約2週間となりましたが、これ以上重くならないように旧王宮周囲をヘロヘロジョギング頑張ります。
停電時間が長いようですが、お天気がいいので24時間ホットシャワーができて快適。

ネパールからナマステ パートXⅠ

2014-05-15
昨日に続きカトマンズは晴天、気温は26度から日中最高気温は29度ぐらいまで上がります。
曇っていると粉塵は目立たず、晴れて光があたると一瞬輝いて見えることがあります。迷惑な埃だけれどダイヤモンドみたいにキラキラと輝き、私もこの大気中の埃のようなもので暗闇にいればいつまでたっても埃で、自分の中に光を出す力がなくても光のあるところへ行くと一瞬ダイヤモンドになれるんだろうな。
こんな時がいつ来るのかわかりませんが、じっとしていても光は当たらないので、とりあえず挑戦して行きます。

と、言いつつ昨日の5kmで筋肉痛がきています。

ネパールからナマステ パートX

2014-05-14
第一回ネパールラン &ウォーク大会に参加しました。仏陀の誕生日に開催された私のデビュー大会になりましたが、標高が1600mと言われる土地で初心者の私は5kmが限界です。諦めずに走ってゴールできたことは自信につながりました。初ランニング、初ウォーキングのガイドも一緒に参加しましたが、彼は私よりずっと速く30分を切っていてゴール地点で拍手と薄笑いで迎えてくれました。
木曽川沿いとは違い、酸素が薄いのか太ったのか身体が重いし10代の学生に越されるし、挫けそうになりましたが、一人のおじさんが道端から「ファイト、グーッド」と応援してくれたことで、少しヒーローになった気分で最後の上り坂を3カ所クリアでき、達成感を頂きました。アリガトウ!ネパールのおじさん。

ネパールからナマステ パートⅨ

2014-05-12
事務所から歩いて30ー40分くらいの丘にスワヤンブナートというお寺があります。
仏塔には仏陀の智慧の目が四方を見渡しています。その目の上に第三の目があり、鼻の位置にあるのはネパール語の数字の「1」で
調和を意味しています。
今朝、ここで籠に入った小鳥を買い空に向かって放しました。ベトナムではあの世の先祖の平穏を祈るためにするそうですが、ネパールではどういう意味があるのか知りませんが、気持ちがよかったです。
これも商売なのできっと放した私の鳥は、運が悪ければまたこの商売人達に捕まって籠に入れられるのでしょう。

ネパールからナマステ パートⅧ

2014-05-10
1956年5月9日に日本人がマナスル初登頂を記念して、5月9日はマナスルデー。この登頂が日本とネパールの国交が結ばれるきっかけとなりました。
マナスルとはサンスクリット語で「精霊の山」、死亡率17.85%の危険な山。神々の座と呼ばれる8000m級14座の8番目に高い山です。
神様だけが座ることのできる山という意味なのか、そこに人の足が立つことを地元の人にとってはどう思うのかなあ?

ネパールからナマステ パートⅦ

2014-05-09
天候不順でカトマンズールクラのフライトも乱れていましたが、一昨日あたりから天気も良くなり今朝も早くから飛行機のエンジン音が忙しく聞こえてきます。
11日にアイランドピーク登山から帰って来る予定の男性も、一日早くカトマンズまで戻ることになり国際線に問題がこなかったので安心しました。
進歩して行く世の中で、人間の力では叶わないこともあっていいんじゃないかなぁ。なんて頭の悪い私は思うのですが。
また日本へ帰るとSTAP細胞論争なんでしょうね。インターネットという便利なもので日本から配信された ニュースを見ると
小保方さんが毎日登場していますが、化学の論争からバラエティ番組での論争にまで広がっていて笑ってしまいました。すみません…
こちらでは全くどうでもいいことで、私は舞い上がる埃と鳴り響く喧しいクラクションの中、事務所に座って日本語での無料相談に対応する毎日です。
この看板が嘘にならないように。

ネパールからナマステ パートⅥ

2014-05-03
今週は朝から曇っていたり、雨が降ったり、週の半ばには大雨雷雨でした。今朝は晴天になり埃も少なくて市内観光にはいい日になりました。土曜日はネパールは休日で車もバイクも少ないしね。

最近は日本でもネパールは結構テレビ番組などで知られているようで、タレントがエベレスト登山に挑戦したり、こんなところに日本人、なんて取材に来たりしていますが、それでネパール旅行に来る人が増えると嬉しいけれど、間違った目線で旅に来て物価が安いからと言ってなんでもディスカウントされる人が中にはいますが、こっちの人は観光でお金を稼いで生活しているので無茶な値引きをすると気の毒なんですよね。トレッキングや観光ツアーも日本人の料金は高いですねって言われたこともあります。トレッキングでガイドは生活を支えているので、そこを安くしていくと結果ガイドの給料は上がらず物価だけが上がっていて、最近では見込みのあるガイドさんは出稼ぎ組になっています。
ヨーロッパやアメリカ、オーストラリア人は安い料金でトレッキングができます、なぜなら荷物を自分で持つし数日間シャワーがなくても平気です。だけどチップはしっかり払っているみたいです。(例外もありますが)
ときどき自信がある人はガイドなしで歩くこともありますが、何もなければそれでよし。自分で荷物を背負うのと一緒にリスクも背負っていることを忘れないでほしいです。
自然が多ければ多いほど、人間の足が入っていないということなのでリスクもあるってことだと思うんですが。

昨日足にギブスをしたロシア人と大きな身体のアメリカ人?をタメル地区で見ました。



写真はククリ、ネパールのグルカ族をはじめとする諸種族、およびインドで使用される短刀です。
「セポイの乱において、グルカ王朝(現在のネパール)の兵士が、ククリを携え凶猛な白兵戦を行ったことに注目したイギリスが、彼らを傭兵として雇った」という経緯から、英語圏ではグルカナイフと呼ばれることもあるそうです。

お土産に先日トレッキングから戻られたお客様が購入する予定でしたが、ガイドブックでは500円ぐらいでしたが実際は1000円以上の物だったのでお茶にされました。物にもよるのでしょうね。やっぱり高いものは見かけが綺麗でした。

ネパールからナマステ パートⅤ

2014-05-01
サンチャイ フヌフンチャ?お元気ですか?

カトマンズの天候は、朝8時過ぎあたりまでは薄っすら雲がありますが、お昼前からはお日様が顔を出して
気温も27から28度まで上がってきます。

エベレストの雪崩で登山を断念したクライマーや、シーズンでカラパタール、ゴーキョトレッキングなど人気の
トレッキングコースからカトマンズへ帰るトレッカーでルクラの空港は混雑し、
その上天候不順で昨日は14〜15便しか国内線がフライトしなくて、ますます混雑し始めたようです。
日本への国際線に日にちの余裕のない方々はルクラで不安とストレスを抱えて立ち往生していることと思われます。

今回母の友人はアイランドピーク登頂目指していますが、日程に3日間プラスして来られました。
エベレスト方面は国内線の移動しかないので、ポカラ方面に比べるとフライトのリスクもあるんですよね。

また、ポカラージョムソンも午後からは風が強くなり午前便で終わります。
去年ムクティナートまでのトレッキングの帰りはジョムソン空港で3便目に搭乗するはずだったのに、
2機目が飛んでポカラからの飛行機がジョムソンに着陸した後で風が出始め、私達のフライトがキャンセルになりました。

何だか薄暗い個室のような所で、ボディチェック(女性は女性の職員が)を受けて、空港から滑走路へ向かおうとした矢先に
キャンセルを告げられて、脱力してしまったことを思い出します。
自然が相手なんで文句を言えないんだけど…ついガイドさんになんで飛ばないのかって不機嫌になってしまいます。
ガイドさんの話では「自分は遠くから来てて、お金も時間もかかってるのに山が見れないなんて許せない、
お金を返せ!」って攻めよる人もいるそうです。日本人じゃないけど。

ネパールからナマステパートⅣ

2014-04-28
ナマステ、こんにちは。
今朝のカトマンズは晴天ですが少し肌寒く、私は長袖のカーディガンを着ました。
昨日の夕方から降った雨のおかげで、埃も多少は少なく、気温もそんなに上がらず日中でも涼しいです。
しかし、外に出ると日差しが強いので日焼け対策はしっかりしないと、すぐに黒く焼けてしまいます。
去年の4月にポカラへ行き、オーストラリア人に同行してダンプスからサランコットへハイキングしたときは
半袖で帽子も被っていなかったので真っ黒になり、一年経っても首や腕には日焼け後が残っています。
ターンオーバーがかなり遅くなっていることもあるし、これは肌の上からのケアだけでは無理ですね。

ネパールにくると搾りたてのジュースが普通に露店で飲めます。昔は確か50ルピーで飲めたザクロジュースが
最近は100ルピーになっていました。ローカル価格なのかツーリスト価格なのかわかりませんが、
120ルピー(130円ぐらい)では日本では考えられない安さです。
そのザクロですが、ザクロの種子には天然植物性エストロゲンという女性ホルモンと同様の生理作用を起こす
成分が含まれているらしく、更年期障害の緩和や、美容効果もあり、ザクロの原産国イランでは古くから
生命の果実と尊ばれていたそうです。
市販のジュースもありますが防腐剤が含まれているし、種から搾っているが
目の前で確認できるネパールのザクロジュースには期待度が高いです。


「美容効果と女性ホルモンと」 いう言葉に弱い私は毎日飲むようにしていますが、果たして結果がでるか
どうかには保証がなく自己満足で終わることもありますが…

男性にも朗報で、エストロゲンが男性ホルモンの過剰分泌抑制と、血液サラサラ効果が重なり「育毛」にも
効果があるらしいですよ。
ただし、何事にも加減が必要で、友人の父親は頑張りすぎて頭皮が赤くなりました。
その後発毛したかどうかは聞いていませんが、育毛中ということにして私も希望を持ちます。

ああ、ザクロ様様。

ネパールからナマステパートⅢ

2014-04-26
2週間が経ちました。
メルボルンの大学に通う娘は、先週喉の痛みと下痢でダウンしていたらしく
心配で頻繁にインターネットでチャットをしていましたが、一昨日あたりから快復したようで安心しました。
私がここでお手伝いできるのも、家族が健康で理解があってのことです。

手前味噌になりますが、一人っ子の娘は私と違って真面目で勤勉家、メルボルンでの寮生活も2年が過ぎましたが
試験や課題提出に追われ、なかなかゆっくりできないようですが試験に落ちることなく、今のところ少し早く卒業できる
見込みです。その先は日本でまた勉強をする予定ですが、健康一番で自分が決めた道を
進んでくれればいいです。その道で迷った時に背中をそっと押せるような親でありたいと思っています。

「四つ葉のクローバーを見つけるために三つ葉を踏みつけてはいけない」
そんな気持ちで、ここでお手伝いしています。

25日から母の知り合いが2名、アイランド ピーク登山にチャプテ シェルパと挑戦中です。今日はナムチェバザール、
2ー3日はナムチェで高度順応するようです。
もう一つのグループもシェルパガイドとロブチェイーストへ向かっています。

目指すものがある人はイキイキしてますね。


ネパールからナマステ パートⅡ

2014-04-20
4月13日の到着後頭痛があり、シート付鎮痛剤を服用してしまって一日半は薬の通り道が痛くて冷や汗でしたが、
翌々日にはトイレでナマステになり、その後発熱で一時はどうなるかと心配でしたが、なんとか洗礼も受け終わり17日からジョムルンというラムさんの村へ行くことになりました。あまり体調も良くなかったので気が進まなかったのですが、以前にも私のブログに登場しました
「ただいま人生の坂道を転がり中」の元こだまツアーズのガイドに、親切なラムさんからもう一度彼がどれだけ変わったか見てあげてくださいとチャンスをあげたらどうかと言われ、本人からも何度かまた日本人のお客様とトレッキングがしたいので戻りたいと電話があり、信頼度は低かったのですが、嫌々ながらも引き受けることにしました。
カトマンズのニューロードからローカルバスで3時間半ほどのダーディンベシまで行き、そこからジャムルン村へのバスに乗り継ぐのですが一日一便のバスは出た後で、翌日朝までバスはなくダーディンベシで一泊することにしました。宿代は1000ルピー。ガイドの部屋代は
800ルピーでこれは村へ行くのに通訳として付いてくれるとみて、私は払ってあげましたが交通費はラムさんからもらっていたので、自分で払ってもらいました。
ガイドのチェック①以前と比べると携帯電話を仕事中(私と同行中)は使わなくなったが、まだ携帯が気になる様子。
②今回の名誉挽回のチャンスに途中でテレビの買い物をし、帰りのバスで持ち帰ることに一生懸命になり、私がいることも忘れ一人バスを降りる。
③携帯電話のバランスがなくなり、緊急でもない電話のためラムさんのお母さんから携帯を借りる。

これではまだまだ坂道を転がってもらうしかありません。

私の村での感想は、たった一日だけの滞在でいろいろ分かるはずがありませんが、ひとつだけ、この村人の心の奥にはどんなことにも動かない、北極星があるんだと感じました。人生の道に迷った私への道しるべとなり、自分の歩きたかった道へと案内してくれました。
なにも便利なものはありません、だけど人間が忘れてはいけないことを揺るがず持ち続ける人々に心が温かくなりました。

この先、もし私がまた何かの縁でネパールの日本語ガイドを育てるために貴重な経験にもなりました。

「温故知新、故きをたずねて新しきを知る。じゃなく、故きを大切に温めて新らしきを知る、以って師となるべし。」


カトマンズ到着

2014-04-15
マレーシアの友人に会い、一泊二日で日本ではなかなか食べることのできない「ドリアン」や「ディムサム、飲茶」など制覇し、
13日夜8時過ぎにカトマンズ到着しました。
格安航空ですが座席はプレミアムシートを指定したので、快適なフライトでしたが、機内の温度が低くされていて
寒さを我慢するのに大変でした。ジャケットはスーツケースに入れてしまって出せず、マレーシアから4時間薄い綿のカーディガンで
頑張りました。以前もこの飛行機を利用し、寒かったことを思い出しました。マレーシア=暑いというのが頭に固定されていて
年齢とともに、脳が硬くなってきたのでしょうか…たくさんのことを一度に準備できなくなってきたようです。
これからは一つ一つメモですね。
カトマンズも情報では暑く、半袖シャツで大丈夫と聞いていたのですが空港を出ると肌寒く、ジャケットが必要でした。
ガイドさんの話では、少し前は晴天続きで暑かったようで、私の到着前に雨が降ったりして曇りも多く、気温が上がらないようです。

マレーシアでは、暑くて汗が背中を伝って落ちるのがわかる位でしたが、機内の冷蔵庫状態とカトマンズの花冷えには
身体が着いて行きません。
そのせいか
カトマンズ一日目の朝は頭痛がひどく、ビタミン剤と鎮痛剤を飲むのに、錠剤をシートから出さずに、一錠ずつカットしたものを
疑いもなく一気に飲み込んでしまい、鎮痛剤の方ですがまだシートの包まれたものが胃の辺りで時々痛みを起こします。
到着早々、災難に見舞われ中です。
が、そんな時ネパール人の日本語(関東、関西弁どちらもOK)教師、通訳、観光案内とマルチタレント級のウペさんが、
神の救いを下さり、バクタプルの観光案内をしてくださいました。

続きはまたあとで。胃が痛くなってきました。とほほ…

人生の方向音痴

2014-04-08
ナマステ。春爛漫で、走っていると真っ青な空にピンクの桜や田んぼの菜の花、色とりどりのチューリップの花を咲かせ、私の鈍足を応援してくれます。寒い冬を乗り越えてこそこんな綺麗な花を咲かせるんだなあ。
木曽川沿いでは鶯が細く澄んだ声で鳴き、足を思わず止めて姿を探すのですが見つけることができません。カラスなんて堂々と道の真ん中で物色しているのに。
親友のマラソン大会を応援したのがきっかけで始めたジョギングも1年が経ちました。
2分走ってウォーキングを1週間続け、5分走って、10分走ってと諦めなかったおかげで10kmのジョギングが日課となり、
体重も去年から4kg減りました。運動しながらの減量は誠に健康的で、第一に朝から達成感で一日中ポジティブモードでいられます。
私の場合ですが…。
しかし、半年が経った頃はなかなか距離が走れないとか、途中で足が止まってしまいストレスになったりしましたが、
その度にFacebookのアスリートメンバーのニュースフィードに希望と気合を頂きました。
ネパールではガイドに「諦めると負けで、続けてると道が見えてくるので頑張ろう」なんて言ってるのに、私が諦める訳にもいかないし。

方向音痴の私はここまで何度も道に迷いましたが、道に迷ったから新しい道を見つけることができました。



ネパールへの準備

2014-03-31
4月13日からカトマンズの事務所でお手伝いするので、その準備を始めました。
自分の荷物としては洗面具とシャツ、パンツ程度ですが、お土産として古着や文具、お菓子などを毎回運んでいるので
今回も消費税が上がる前に、ディスカウントショップで板チョコやビスケットを買いました。
以前マレーシアのチョコレートを持って行くと、やっぱり日本の物が美味しいと言われ、マレーシアの方が値段も高く
私は美味しいと思うのですが、日本に憧れるネパールのガイドさんは、Made in Japan のブランドに弱いようです。

ネパールにある家電、衣類などの生活必需品のほとんどが中国製であり、日本に入ってくる中国製物品と比較すると
値段もかなり安いのですが、クオリティーはとても悪く、彼らも「メイド イン チャイナ、アジャ チャ(今日はOK)ボリ チャイナ
(明日はXX)」と認めています。安いものじゃなければ簡単に購入できず、長く使えないとわかっていても
それで満足せざる負えないそうです。
私自身もネパールでジャケットを買ったことがありますが、ファスナー(ジッパー)がすぐにやられました。
いちおうブランドのロゴは付いていましたが、なんちゃってブランドです。

ネパールから買って帰るものは、お茶とジャングルハニーです。
今回はバルディアジャングルハニーが手に入ったので、ここから空瓶を持って行きま〜す。

今朝のジャングルモーニングは
オリーブオイルを付け、ヒマラヤ岩塩をふりかけた食パン。
低脂肪ヨーグルトとアサイー。
ワサビ菜とひよこ豆にガイドさんのお父さんが作った胡麻を和えたサラダ。
ミニトマト。

象さん、ごめんなさい。

2014-03-17
3/8から7泊8日間のネパールツアーに同行させて頂き、とても楽しかったし勉強になり、有頂天で帰国していましたが
1週間を過ぎた最近になり、右の腰骨あたりにジョギングをすると痛みを感じ始めました。
我慢して走っていたのが、昨日は激痛で途中から近道をして帰宅しました。このコースはジョギングを始めた頃の私には
金メダルコースだったのですが、最近は12kmがレギュラーになっているので「入賞コース」に格下げで、今の金メダルコースである
岐阜県境まで走れずに帰ってきた自分にガックリきました。
やっぱり、幸福の後には不幸がバイオリズムでやってくるんだろうか。
ネパールではあんなに素敵な景色や人達とのふれあいがあったのに、やっぱり象さんの背中で調子にのってしまったからでしょうか?
象さんのガイドにチップをあげるのをちょっとケチったからでしょうか?
100ルピーを渡すつもりが、ケチって50ルピーに⤵︎したからかなあ。
象さんの鼻にチップを渡す時にも、渡すふりをして引っ込めたし。
いろいろ考えられるのですが…
象さんってヒンドゥーの神様、シバ神の乗り物らしいのでこんなことをした私にシバさんからの
バチが当たってたかもね。
ここで謝るので、早く痛みよ去ってくれ〜。

チトワン国立公園で

2014-03-06
ナマステ。
チトワンへ来ました。前回と同じホテル、「ホテル ロイヤル サファリ」にです。

到着後はラプティ 川にサンセット観賞へ行きましたが、あいにく薄曇りで見れませんでしたが、川でくつろぐ一角サイを
発見しました。
翌日はゾウの背中に乗り2時間近くジャングルサファリをし、ここでは珍しい野鳥、サイの家族を見ることができ
お客様が大興奮していました。

天候にも恵まれ、寒くもなく暑くもなく、ポカラからチトワンまでパーフェクトでプログラムは進んでいます。

前回4月に来た時にチトワンのジャングルジープサファリでジープがぬかるみにはまり、途中断念して
ホテルのマネージャーに文句をタラタラ言ったので、今回は格別なサービスをしてくれて
夜はタルーダンスをホテルの中庭で見たり、インド人の団体様のイベントにも飛び入り参加をして
「椅子取りゲーム」や「スプーンレース」で盛り上がりました。

ホテルの屋上からのサンセットはお客様の忘れ難い思い出となったようで、これから埃と騒音のカトマンズ市へ戻るのですが
ギャップに耐えられるか
…トホホ。

ホテルのマネージャー、ラマさん。

2014-03-06
ラマさん、いろいろとお気を使って頂きまして、ダンニャバード(ありがとうございます)
前回は、ジープの件でいじめてしまいました。純粋な気持ちを持ち続ける田舎のネパール人に、ちょっとキツかったかな?
でも、これが日本人へのサービスです。
がんばってね。

ネパールツアー第一便、ポカラ

2014-03-05
関空14:00発、広州経由、中国南方航空でカトマンズに22:10到着。
ラムさんが空港までお迎えに来て、お客様はタメルのホテルへ移動。
翌日はカトマンズ市内観光で、ボダナート、パシュパティナート、スワヤンブナート、カトマンズダルバール広場を廻りました。
ガイドは自称「だいたい32歳」というナマさん。
堪能な日本語で、ネパールの文化、習慣、情勢を面白く説明してもらい、ときどきジョークを交えて若者のデート事情を話してもらいました。ビシュヌ寺で恋人同士がデートをすると結婚まで発展するそうです。理由はナマさんに聞いてくださいね。

3日目からツーリストデラックスバスでポカラへ移動し、お客様のご希望で急遽ダンプスミニハイキングをすることにしました。

ダンプスからは優美なマチャプチェレが目の前に広がり、仕事の疲れが吹っ飛んだと喜ばれました。
すでに次回のネパールツアーを計画されていたようで、私も大変うれしく、神聖なマチャプチャレに思わず合掌。ナマステです。

ネパールのイメージは説明が難しく、来られた方々にしかわからない感動と事情があります。(良いも悪いも)

これは、ダンプスのロッジから見える景色です。

岩盤浴にはまりました

2014-02-19
先週木曜日、自宅から車を20分走らせ名勝木曽川国定公園内のスパリゾートへ行ってきたのですが、
あまりにも良くって今日再度行ってきました。

温泉スパは天然温泉、岩盤スパは日本最大。まず、温泉では木曽川の景観を堪能しながら露天風呂に入って温まります。
露天風呂にも、中国の魔除け石「真玉石」の石風呂、天然温泉岩風呂、天然温泉かけ流し風呂、炭酸温泉風呂、などなど8種類もあり
とりあえず私は名物真玉石風呂で魔除け、ドイツでは心臓の湯と呼ばれる炭酸風呂に入り、次にミスト薬草塩サウナで韓国産薬草の蒸気で健康増進のエキスを身体に染み込ませ、粗塩で全身スリスリ。スベスベ。

この後はスパの上下に身を包み、2階の岩盤浴ゾーンへ移動します。

女性専用のブラックゲルマ洞、ヒマラヤ岩塩、ラジウム洞、黄土、七宝洞、熱く火照った体を冷やすペンギン洞などがあり、
私の場合10分経たないうちに汗がじわじわと出始めますが、寝転べるのでサウナよりも居心地はいいですし、何度でも入れました。

今日は出たり入ったりして4時間もいました。

おかげで頭もスッキリ、身体もポカポカです。

若いカップルもけっこういました。こんなデートもいいですね。

ヒマラヤ岩塩の部屋ではイビキをかいて寝ているおじさんがいて、私ももう少しで眠ってしまいそうになりました。
リラックスできますよ。

ヒマラヤモーニングセット

2014-02-11
ここ数日間ジャングルハニーの代わりに、アサイーというアマゾン伝説の果実のシロップをヨーグルトに混ぜて食べてみました。
どちらも貴重なエネルギー源。朝のジョギング距離が12kmまでなんとか延びました。
2年前から食し始めたジャングルハニーで免疫力もUPし、風邪に無縁でいまのところ病院知らず。
しばらくネパールとブラジルでいってみよう、っと。

パンにオリーブオイル(エキストラバージン)とヒマラヤ岩塩も最高に美味しいです。
ネパール人は岩塩は胃薬として使うそうです。

海老の天ぷらにつけても美味しいです。

サラダにネパールのひよこ豆をいれるとヘルシーですよ。畑のお肉。最後にコーヒーはヒマラヤオーガニックコーヒー。

あと20日

2014-02-06
冬季オリンピックが開会式を迎え、お目当てのフィギアもいよいよでワクワクするはずなんだけど、11月末から帰ってきていた
娘がメルボルンへ戻る日がカウントダウンに入り複雑な心情です。
一緒にいるのがあたりまえだった頃は、口やかましく叱っては平気に「だらしがない」とか、「一人になりたいわ」なんて暴言を平気で浴びせたりしていたのが、今ではできることならビデオを戻すように巻き戻せるなら20年分とまではいかなくても、10年いや5年でもいいから戻したいな〜。そうしたら、褒めまくって育てよう!遅いか…

新年、東京の大学でレスリングを続けるこの少年のお母さん(矢印の元)は、大変わんぱくだったこの青年を自分の中のエネルギーを全部
使って、バックアップしていました。練習に試合にと東西南北、彼女の車は走ったなあ。

私は覚えてるよ、「xxxくん!ええ加減にしな、ここで降ろすからね!」って田舎の夜道で車を止めて激怒していたこと。
それが、食事会の帰りだったってこと。

怒って褒めて育てた彼女も、息子さんが離れてしまい淋しいって。


ヒマラヤ岩塩とジャングルハニーの朝食メニュー

2014-02-05
朝のジョギングは日課となってきました。始めるまで負のことばかり頭に過っていたころよりも距離は延びています。
やっと10km完走できるようになり、半年前7kmで満足して喜んでいたのに今では全く物足りない感じがします。
ちょっと上を目指すって大変だけれど、登り切り当たり前になると物足りなくなるんですね。これが成長でしょうか。
まだまだ私も成長期かな。

達成感の後の朝食、最高に美味しい。

フランスパンにオリーブオイルをティースプーン一杯とヒマラヤ岩塩をパラパラっとかけ、
少し温めたヨーグルトにバルディアのジャングルハニーを加えたもの、ひよこ豆、小豆、大豆、グリーンピースの入った野菜サラダ。

この冬も風邪もひかずに元気いっぱいです。

ネパール人

2014-02-01
ネパール支援のためボランティアで渡る人が増えています、支援ってなにを支援するのかわからないけど。
私の苦い経験では、一生懸命ネパール人のためにって自己満足で頑張っても、彼らにとっては迷惑だったり、そのままにしておいたほうがいいこともあるってことを学習しました。
ジャガイモがおいしくて、広い畑のあるガイドの家へ行き、コロッケを作ってこの先の生活支援なんてお節介なことをしたけど
彼らにはダルバードが一番だったようです。コロッケなんて外国人の食べ物だって。
お皿も一枚あればそこにご飯、漬物、豆や野菜のおかずを並べ、日本人みたいにお皿を次々使わない。目で食べるのではなく
胃袋で食べるんですよね。
文化、習慣が違うんだから仕方ないです。が、あきらめません。お~い、私が行くまで日本語勉強続けるように。
それとジョギング。
エベレストマラソンに出場希望ガイドがいるんです。

最近私の方は不調気味。

本日も晴天なり、娘の成人式。

2014-01-20
14年間、海外生活を続行中の娘が11月末から試験休みで帰国していました。
帰ってきてからほとんど毎日朝8時過ぎまで寝て、ショッピングモールへ出かけたり、映画鑑賞をしたり、ネットで美味しいと検索して
レストランへ出かけたり、私の生活と比べると超セレブな毎日ですが、本人には最近飽きてきたようです。
贅沢だ~と思いましたが。何をしていいのかわからない彼女が気の毒になってきました。

小学1年生で海外へ転校になったので、帰国して会う友人もそれまでの同級生だけなんだけど
けっこう気が合う、いい友人ばかりのようで、離れていてもしっかりフェイスブックというもので繋がっているようです。

7歳だったかわいい小学生も成人式を迎えることができ、知り合いが少ないので一緒についてきてほしいという
娘に同行し、会場となるイナホール前で続々現れる晴れ着姿の娘さん観察をしていました。
観察しても、すっかり顔がギャルなもんで見当もつきませんでしたが、いや~20歳ってパワフル。きれいだし、エネルギッシュだし、
未来形で、私は一緒にいるだけで晴れ晴れしました。

娘の同級生に駅伝で走った男子、レスリングのチャンピオンがいるのですが、顔はそのままなのですぐにわかりました。
女の子より男の子のほうが幼いかな?

どの顔も明るく、声も弾んで、頑張れ、新成人!

雪の中、ジョギング

2014-01-11
昨夜はかなり冷え込みました。日中は天気もよく日向ぼっこできるくらいだったけど。
布団に入っても足元が冷たくてホカロンを入れて寝ました。
私の部屋は一日中陽が差さない冷蔵庫部屋で、夏は涼しくていいのですが冬は最悪です。
贅沢言ってはいけませんね。
寝る前に足元にホカロンを入れて温めておくと10分以内にポカポカして眠りにつき、次に目が覚めるのは
トイレタイム。
夏場はトイレの後はそのまま起きて4:30の新聞配達と同じ頃ジョギングを始めていました。
さすがの冬場はまだ暗く二度寝をしていますが、若い頃のようにいつまでも眠れなく結局布団の中で
スマホをいじっています。
7時過ぎ、近所の中学生の朝練の声で景気つけてスタートしますが相変わらずの亀走行です。

明けましておめでとうございます。

2014-01-07
今年の新年は駅伝の応援で大興奮しました。
一日の社会人、二日三日は箱根学生駅伝。近所にいた青年が勇走しました。社会人では日清食品、箱根では早稲田から。

私は去年から少しづつですが、走行距離を長くしています。
塵も積もれば山となる、2分間が今じゃ50分までテクテクと走っています。

サウナとジンジャティー

2013-12-28
今朝は粉雪がチラホラしていました。⛄️
最近ジョギングは歯磨きのように当たり前の習慣になりつつあり、寒さに弱い私もけっこういい感じで続いています。
45分間ジョグから先週1時間の完走に成功して自信がつき、今週はついに平均50分のジョグを達成しました。
いや〜、毎朝達成感を味わえて幸せ。
スピードは歩くより速い時速10km前後ですが、スタートから10分過ぎた頃から「やめようかな、近道しようかな」っていう
弱音が消え、ひたすらゴールを気持ち良くきめるイメトレにモードに入ります。

今朝も50分走り、その後ジムのクライマーと言われるマシーンで15分ステップをし、サウナに入って帰宅しました。
サウナも苦手でしたが体の芯から温まり、最後に冷水シャワーで仕上げます。ポカポカして最高!
今日はネパールで買ってきたジンジャティーにジャングルハニーを加え、風邪予防ばっちりです。

指先の末端神経までポカポカ。

空にはグレーの重そうな雲が広がり、山間部では吹雪いてそうです。

30日に帰省します。大阪へ…

45分のジョギング

2013-12-19
寒い毎朝のジョギングが少しずつ習慣になってきたようです。

しかし布団から出るまでが心の戦いで、20分間は亀になっています。

スタートから10ー15分は頭の中で、今日は回転ずしのベルトを短くしようかなあ…なんて弱い自分がいたり、
ガイドに厳しいリクエストをしてきたんだから、自分もここで目標を達成しないと。という頼もしい自分がいたり。

15分経過すると木曽川沿いに出るのですが、そこからは高齢者のウォーキングや、中学生の朝練に遭遇して元気復活です。
最近は伊吹山からの風がとても冷たくて鼻がトナカイになっていると思いますが、人目を気にしている余裕もなく
ひたすら川沿いを走り、中間点の「火の鳥」喫茶店までくればそこからは足が急に軽くなります。
火の鳥の血を飲めば永遠の命を得られるだったかな?

ゴールまで残り20分はひたすら走っているだけで、頭の中は強気です。
日によっては、もうちょっと走ろうかなぁ、なんて図々しい自分もいます。

そこのガイド、楽しい、面白いだけでどうする。友人が笑わせてくれて幸せだって?日本語を辞めて、自分勝手に楽ちんコースを選んだ
彼はまだまだ冬眠中のようですな〜。ああ、辞めてもらってよかった。
勝手に事務所のパソコンを使いにきているようだけど、他のガイドから連絡はきてるんだからコソコソしてるんじゃないよ。


いつやるの、今でしょ。って流行語が日本にはあるんだよぅ!

さ、明日も頑張るよ。

ジョギングで迷子

2013-12-14
今朝は非常に冷え込みました。
夏場は4時半から走り始めていましたが、この時季の早朝は目は覚めていても寒くて布団から出る勇気がでません。
が、布団の中でアイパッドのフェイスブックを開くと既に数人の方が「走ってきました・・・」と投稿しています。
このコメントに勇気つき、一気に布団から飛出しササッと着替えてストレッチをし、ランキーパーをセットして走ります。
最近のランキーパーは時々わがままになり、嘘の申告をすることもありますが、走行ルートとスピードはいつも同じなので
気にしない気にしない。けど、消費カロリーはきっちり出してよね。後のデザートタイムに重要なもんで。

45分から50分の短いランニングですが、スタートして10分間が非常にきつく、考えていることはいつも同じで
ここでストップして一日後悔するか、もうちょっと頑張って達成感を味わうか。
当たり前で、達成感を希望する私は残りの道を歩くよりは速いペースで走行するのですが、いつも同じルートを
この速さで走っているとなんだか回転ずし?って、今朝はちょっとルートを変えようかなあ、なんて
違った道を選んだところ、迷子になりかけてUターンし、今朝の走行距離は6キロでした。方向音痴なもんで・・

私の住んでいるところはジョギング環境抜群なんですが迷路が多く、大阪の地下街なら迷うことなく到達する自信がある私にも
迷える子羊です。あ、羊に訂正します。

ちょっと、自転車で新しいルートを研究してきます。
いってきま~す。



木曽川ジョギング

2013-12-10
帰国して約1か月が過ぎました。
ネパールでは2か月間ほとんど座った状態で、ただただ毎日埃を吸っていたので体力に心配がありませんでしたが、
基本、タフな私はすぐに復活してきました。
ジョギングのきっかけをくれた「でっち」、また名古屋ウイメンズにでるのかな?
応援に行くよ。

昨晩から雨でしたが、今朝は虹もでていました。
伊吹山からの風が冷たい季節が始まりました。

ブルーインパルスを見ました。

2013-11-25
11月23日、岐阜県各務ヶ原からブルーインパルスが飛び立ち、晴天の空に素晴らしい絵を描いてくれました。
朝からエンジン音が喧しかったのは、このせいでしたか…。
気持ちいい一日、のはずがジムの帰りに自転車の荷台に巻いていた紐がほどけて車輪に絡まり
側道で悪戦苦闘したけど、うちまで2時間抱えて帰りました。手が油でで真っ黒。
今日の点数はブルーインパルスのおかげがあって±しても、プラスだな。
青空に浮かんだハートにキューピットの矢は可愛い〜。

ただいま〜。

2013-11-20
ああ、正直今回は2ヶ月半のお手伝いが辛かったです。だいたい、スタート前からガイドのことで頭がいたかったし、
心も重かったのです。
日本語も一生懸命教えたし、日本の文化やお客さんへのサービス、田舎の両親の面倒もできる限りのことはしてきたつもり…
それがあっけなく女性ひとりのことで崩れ去りました。
ドラマチックなこの話。
私達、スタッフはこの危険行為にストップをかけたのですが、坂道を転がり始めた田舎のジャガイモは
ただいま転がり中です。どこからともなく現れた女性、お金がかからないようにと駆け落ちみたいな結婚を二人でしてしまい
今まで人生設計をしてきた私や社長のラムさんはなんだったんでしょうか。悔しい〜。けど、人生いろいろですね。
彼が選んだ道なんで、応援はしませんが、どうぞ末長くお幸せに。
降って湧いたようなストレスに5kg痩せました。が、こんなことで凹んでいたらネパール人とは付き合ってられません。
バイオリズムが陽へと向き始め、失ったガイドもあれば戻って来たガイドもいます。出戻りガイドは頭が非常に良く、日本語は
上手なんですが友達口調になるのがちょっと心配、だけどバカ正直で計算が早く、コンピューターが得意の彼と新しく他社から
移ってきてくれたテレビ出演経験(一回切り)ありのタレントガイドも増えてプラスマイナス、プラスの結果を残して帰国しました。

早速帰ってからジム通いを始めました。寒くて早起きできずランニングはまだスタートできていませんが、
明日は必ず走ります!ここで宣言。

祭り気分が続いています。

2013-11-07
やっと私には迷惑なお祭りも2つ終わり、タメルには通常の活気がもどっていますが、田舎からカトマンズに出てきている者は、まだお祭り気分で出勤してこないようです。幸いガイドさんたちはゲストもあるので帰省してもすぐに帰ってきましたが、レストランのほうのコックさんは、まだお休みでレストランのオーナーが困っています。私もこの苦い経験があります。ガイドがゲストのヴィレッジツアーが近づいているというのに村へ帰って連絡が取れず、ゲストより早くネパール入りした私は冷や汗をかいてしまいましたが、ガイドは約束より1ヶ月も遅れて帰ってきました。ギリギリ間に合いましたが。家族を大切にするのはわかるけど、責任感は必要でしょ。
責任感なくして家族の面倒をどうやってみるんですかね。あ、愚痴ってしまった。

この国民性に合わせてお手伝いするのは大変なエネルギーが必要ですが、観光、トレッキングにはとても居心地のいい国だし、なんでもノープロブレムの人々なので、日本から来られた方には時間がゆっくり進むこの国で美しい山を見ながらリラックスされることでしょう。

こだまツアー、社長ラムさんです。

2013-10-31
ホームページにはあまりラムさんの紹介がないので、ここで紹介します。
ラムさんと知り合いになったのは2008年に母がダージリン旅行をしたのが縁です。
私の4度目のネパールでした、ネパール人の友達にこだまツアーを紹介してもらい事務所まで行ったところドアに、日本語での無料相談を親切に対応します。みたいな張り紙があり、それまでネパールのガイドには騙されたり、誤魔化されたり、いい事がなかったので
ほとんど疑いの目で訪ねてみました。本当に無料ですか?と念を押したところ流暢な日本語で、大丈夫よ。とほんとうに丁寧に対応してもらえました。お茶まで頂いたのですが、まだ私は100%信用はしませんでしたが、母はどうしてもダージリンに行きたかったようで、こだまツアーのラムさんがガイドさんとして同行してもらい、そのとき母を含め4名でダージリン、ポカラツアーをしました。途中から日本人のお客様で、どうしてもラムさんをというリクエストが緊急で入ったらしく、ダージリンのあとのポカラはラムさんの代理のガイドさんにバトンタッチしたらしいけど、難しいダージリンへの往復にはラムさんがいてよかったと、今でも思い出話にはでてきています。
すっかりラムさんのファンになった母が切っ掛けとなり、私はこだまツアーのお手伝いとして年に2回はカトマンズに来るようになりました。ラムさんの口癖は、大丈夫ですよ。問題ありません。のポジティブな言葉で、少々イライラすることもありましたが、何度となくピンチがあっても結果は全て良し。でした。結果がでるまで今でも不安になりますが、なぜか大丈夫、問題にならないので、最近は私もこの言葉に洗脳されてしまい、少々の問題が発生してもあまり深く悩まないようになりました。いいのか、悪いのか...。
最近の出来事ですが、ラムさんの新しい携帯電話IPhoneを私がうっかり床に落としてしまったときも、大丈夫でしょう。なんて言われ、落とした私は非常に焦りました。画面が割れていたら大変です、変な汗がでましたよ。恐る恐る一旦切れたスウィッチを入れたら、無事に反応したので胸をなでおろしましたが、ラムさんって本当に大丈夫と思っていたのかな?私だったら、落ちた瞬間にああー!と叫ぶけど。大丈夫でしょう。
神様仏様の声に聞こえました。こんな方です、お会いしていただけると納得されます。

作業がすすみません。

2013-10-30
ナマステとご挨拶をしてすぐにブログ更新できると思っていましたが、9月9日にネパール入りをしてから
とんだハプニングになっていて約2週間は食欲不振、人間不信、睡眠不足で3kgから5kg(体重計がないので自己判断)は
痩せました。今までどんなに努力をしても、ここまで痩せたことはないのですが、人間って神経のダメージでダイエットできるんですね。
でも、このダイエットはお薦めできないし、美容には大変悪い!
結果から言いますと、かわいい子には旅をさせよ。ってことで、始めから言いますとゼロから頑張って育てたガイドが一瞬の間に
自分で道を選んで一人で脱線してしまいました。ああ~、思い出すと胸が痛むじゃなく胸が悪い。けど、大企業でさえ人事ミスはあるんだから、私が人選ミスをしてもしょうがないですね。でも、まさかのこの事態に私は一時は立ち直れないかと思うくらい撃沈状態でした。
ネパールって結婚に執着するのか、女性は20歳から25歳が適齢期で、男性も若い方がいい女性?と結婚ができるらしいです。これは
この問題を起こしたガイドの話ですが。それで、このMr.Aはまだガイド暦半年の未熟者で、これからシーズンというときに、勝手に休みをとって人知れず5%の割合と言われる親にも内緒の結婚に走り、安い結婚式をお寺で済ませて戻ってきました。
私たちのアドバイスはどこへやら。大恋愛の末ってわけでもなくロマンティックな話どころか、ただ適齢期に急いだそうで、なにやってんだか。とほほ。ま、この先自分で頑張るべし。
私は停電とインターネット事情が悪いなか、弱くなってきた集中力をふるに稼動させてホームページ作りに努力をしています。

ブログもなんとか更新できました。

今日のカトマンズは朝から曇り空で、肌寒いです。空気は相変わらず埃でグレー。明日からはティハール祭りだそうです。


法政大学山岳部のアマダブラム登頂隊員

2013-10-03
10月7日 東京から4名のアマダブラム隊員がカトマンズにご到着されました。
2名の方はOBあと現役学生さんで、私がイメージしていた真っ黒に日に焼けた青年とは違い、色白で優しそうな青年でした。
骨格はさすがにスポーツマンという感じで、是非、登頂して帰って欲しいです。

登山ガイド アンダワ シェルパ 、サブガイド チャプテ シェルパ、キッチン担当 パサン シェルパ が同行しています。

ナマステ

2013-10-02
お待たせしました。こだまツアーホームページも新しくなり、私のブログも再開できるようになりました。
また、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
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行ってきました

カトマンズ観光

1位 ボダナート・ストゥーパ  ボダナート・ストゥーパの写真
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